1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 芸能
  4. 音楽

Maribou Stateが語る 世界的ダンスアクトになるまでの過程、BonoboとUKクラブカルチャーへの敬意

Rolling Stone Japan / 2025年2月5日 17時45分

マリブー・ステート

クリス・デイヴィッツとリアム・アイヴォリーからなるマリブー・ステイト(Maribou State)は、現在のイギリスが誇るビッグダンスアクトの一組だ。メロウなダウンテンポやR&Bのビートにソウルフルなヴォーカルを融合させたデビュー作『Portraits』(2015年)は、ボノボにも通じる美しい情緒性で多くの人たちの心をつかんだ。ホーリー・ウォーカーをゲストシンガーに迎えた同作の代表曲「Midas」と「Steal」が今やSpotifyで1億再生を超えていることからも、その人気のほどが窺えるだろう。

そして、インドなど世界各地を周った経験にインスパイアされた二作目『Kingdom in Colour』を経て、このたび届けられたニューアルバムが『Hallucinating Love』である。本作のリリース前、クリスとリアムはそれぞれメンタルヘルスの問題に直面していた。クリスは慢性的な不眠症とADHDとの診断を受け、リアムは深刻な不安障害を患っていたという。さらには、クリスがキアリ奇形という脳の圧迫を引き起こす難病を発症。一時は立っているのも困難なほどの状態に陥ったそうだ。

だが、そのような幾多の苦難を乗り越えて完成させたからこそ、『Hallucinating Love』はこれまで以上に壮大で力強く、感動的なアルバムに仕上がった。本人たち曰く、このアルバムのテーマはレジリエンス(回復力)、希望、そして一体感。暗い状況下でポジティブな曲を作ること自体が「自分たちが前に進むための力を得て、より良い時代を想像する原動力」になったという。

また本作は、コロナ禍に制作されたアルバムという側面も持つ。グローバルなサウンドに視野を広げた前作とは対照的に、ロックダウンで地元イギリスに留まらなければならなかったからこそ、イギリスらしさというテーマを掘り下げることになった。それゆえに本作では、英国クラブカルチャーの歴史に対する敬意と愛情を、これまで以上に意識的に打ち出しているのが感じ取れるだろう。

現時点では、ウェブ上に日本語で読めるマリブー・ステイトのインタビューがほぼ見当たらない。そのため今回は、『Hallucinating Love』の話題を軸にしながらも、彼らのキャリアを俯瞰した総括的な取材をおこなった。




独自のスタイルを形作る「三角形」

―おはようございます。朝早くからありがとうございます。

リアム:よろしくね。東京から? 僕も数週間前まで東京にいたんだよ。

―そうなんですね! 仕事ですか?

リアム:いや、ツアーが始まる前に休暇を取りたくて、日本を旅行したんだ。すごく楽しかったよ。東京は最高だった。それに、色々な場所に行ったんだ。ああ、クリスが(Zoomに)入って来たみたいだね。

―ではインタビューを始めますね。今回の取材では読者がマリブー・ステイトというアーティストの全体像をつかめるように、過去作から順を追って窺いつつ、最終的にニューアルバム『Hallucinating Love』について訊かせてもらいたいと思います。

リアム:うん。

―まずは音楽的影響について訊かせてください。マリブー・ステイトのサウンドは、クラブミュージックをベースにしながらも、ソウル、インディーロック、アフリカ音楽など、多様なジャンルが溶け合っています。そんなあなたたちの音楽観を形成する上で、特に重要な影響を与えたアーティストや作品を挙げるとすれば、何になりますか? 

クリス:長年に渡って影響を受けてきたのはレディオヘッドだね。プロディジーやエイフェックス・ツインのようなオールドスクールのダンス・ミュージック、それにサイモン&ガーファンクルやフェアポート・コンヴェンションといったフォーク・ミュージックにも影響を受けているよ。でも、音楽を作り始めた頃は、トランスやハッピーハードコアみたいなレフトフィールドのジャンルのダンスミュージックを聴いていたんだ。何年もの間、とても幅広い音楽を聴いてきたから、そうした音楽的な経験がこの新譜で僕らが打ち出した、さまざまなスタイルの融合といったものに影響を与えているのは間違いないね。

―具体的に、いま名前を挙げてもらったアーティストたちのどんな部分にインスパイアされていると思いますか?

リアム:僕とクリスは、そういう音楽の作り方自体が好きなんだと思う。キーがあって、メロディに重点を置いていて、コード進行にも細心の注意を払っているっていう。例えばレディオヘッドのように、曲作りに重きを置いているものとか。レディオヘッドに関しては、ソングライティングの面でもそうだけど、プロダクションの面でもインスピレーションを得ているよ。僕たちは2人ともプロデューサーでもあるから、エンジニアの観点からも、ソングライティングの観点からも物事を見ているんだ。そこにあるのは三角形のようなものでね。

―では、エンジニアリング、ソングライティング、そしてもう一つの観点というのは?

リアム:パフォーマンスという観点だね。20代の頃にエレクトロニックミュージックに夢中になって、クラブに通い詰めて、音楽がプレイされる現場をたくさん見てきた。そうしたものも、僕たちにとってはとても大きな一部になっているんだ。この三角形の3つの側面、そうしたものが複合的に僕たちのインスピレーションの源を決定づけていると思う。けど、それよりもまず、エモーショナルな観点というものに左右されるところも大きいね。エレクトロニックミュージックではないものが、より僕たちのソングライティングに影響を与えていると思うし。

クリス:それに、リズム的な側面についてもそうだね。君も言っていた西アフリカの音楽なんかは、2枚目のアルバムを作っていた頃から聴き始めたんだ。それが、ドラムのパターンや、拍子記号に関する考え方さえすごく変えたと思う。結局のところ、そうしたさまざまな影響から、多くの違った側面を取り入れてきたんだと思うな。


Photo by Rory Dewar

―それほど多様な観点から、多様なジャンルに影響されながらも、クラブミュージックにもっとも惹かれたのはどのようなポイントだったのでしょうか?

リアム:良い質問だね。

クリス:”夜”そのものが、僕たちにとってはとても特別なものだったんだ。16、17歳の頃に、真夜中を過ぎて家の外にいるということ自体が、すごく魅力的なことだったんだよね。その頃はクラブ以外の場所でもダンスミュージックをよく聴いていたから、夜更かししにロンドンへ繰り出して、FabricやTurnmillsといった大箱に行くこともあった。そのうちのひとつは今でも大箱のクラブとして存続しているけど、当時は僕たちにとってすごく刺激的だったんだ。しかも、僕たちはまだ法律的にはクラブに入場できる年齢じゃなかったから、余計に訴求力があったんだと思う。正直に言うと、僕たちはクラブで夜通しダンスフロアにいるようなコアなクラバーではなかったけど、クラブの雰囲気や、クラブにいるという、その事実が好きだったんだよね。


マリブー・ステイトが選ぶ「夜」のプレイリスト(2023年作成)

―2010年代前半にリリースしていた初期のシングルやEPは、その後のアルバムと較べると、よりフロア志向のサウンドです。曲によってはブリアルなどにも通じるような、ダークなベースミュージックからの影響も感じられます。自分たちとしてはどのようなサウンドを目指していたのか教えてください。

リアム:初期のEPやシングルは、クリスと僕が昔やっていたバンド時代に生まれたものなんだ。当時のバンドのサウンドは、自分たちが本当に目指したいと思っていた方向性とは違っていたんだよね。かなりポップで、どちらかというと曲ベースという感じのサウンドで。同じ頃、僕たちはエレクトロニックミュージックの中でも、ちょっとレフトフィールドのものに興味を持ち始めていて……例えばジョイ・オービソンやマウント・キンビー、それに当時台頭しつつあったフューチャーガラージなんかをよく聴いていたんだ。そういった音楽が僕たちにとっての原動力となって、もっとクールでエッジの効いたものを作りたいという気持ちが強くなっていったんだよね。

―そうして生まれたのが初期シングルやEPだと。

リアム:以前やっていたようなサウンドからは一歩距離を置いて、そういうものに対するある種の反逆というか、自分たちが本当に興味を持っているものは何なのか、その方向性を見つけようとした結果だったと思う。それで、自分たちが成長する中で聴いてきた、ブリティッシュエレクトロニックミュージックの影響を取り入れる術を学んだんだ。昔のプロジェクトにおいては、何らかの理由で僕たちは間違った方向に進んでしまった。でも、今の僕たちのサウンドは自分たち自身にとって本当にしっくりくるものだし、より自分たちらしい音になっていると思う。


2012年のEP『Scarlett Groove』

ボノボに学んだ「歌とダンスの融合」

―1stアルバムの『Portraits』は、R&Bやダウンテンポの影響が感じられるようなサウンドへと移行し、ソウルフルな歌が大々的にフィーチャーされるようになったのが大きな変化だと感じられます。アルバムというフォーマットでリリースするにあたって、ダンスフロアの外でも広く聴かれるような音楽性を目指したところはあったのでしょうか?

クリス:そうだね。1stアルバムを作った時点では意図していたわけではなくて、自然な流れだったんじゃないかと思うけど。アルバムの曲作りに関しては、少しだけ多様性のある曲を書く贅沢が与えられるというか。アルバムを作るということは、曲作りにある程度の自由があって、スローな曲や、エモーショナルな曲を書くことも許される。だからアルバムを作ることになった時、視界が広がるような感覚を得ることができて、それまでのクラブ向けのサウンドに留まらない、色々なアイデアの曲を書くことができたんだ。

それに、その頃からもっとたくさんのヴォーカリストと一緒に仕事をするようになった。それまではサンプリングを使うことがほとんどで、ホリーと一緒に1曲だけコラボレーションしたことがあったくらいだったから。そこから、クラブベースの曲にとらわれずに色んな曲を書けるようになったんだ。R&Bの要素があるものとかね。でも、そういう影響みたいなものは、本当に自然に湧き出てきた感じだよ。そう、偶然の産物という感じだった。



―『Portraits』はダンスフィールを持ったサウンドとポップソング的な親しみやすさが見事に融合していますが、その観点から見て理想的だと思える他のアーティストのアルバムを挙げるとすると?

クリス:その当時、ボノボの『Black Sands』(2010年)は参考にしていたアルバムのひとつだったと思う。インストゥルメンタルの曲が多く収録されていて、中にはヴォーカルの入った曲も幾つかあって。正直に言って、あのアルバムに収録されている曲は特にアップテンポなものというわけではなかったけど、よく聴いていたアルバムだね。その頃、他に何を聴いていたのかはあまり覚えていないけど。

リアム:そうだね。あのアルバムはすごく良い例だと思うよ。他のものは思いつかないけど、それがある意味かなり重要なことなんだと思う。僕たちが当時聴いていたもの、影響を受けたものは実際に自分たちが作っていた音楽とはかなり異なるものだったという点でね。そういうものをすべて、空間の中心に集約することで、自分たちなりのサウンドを創り上げていったんだ。クリスが言ったとおり、アルバムの曲を書く上で、さまざまなところから少しずつ取り入れたインスピレーションをお披露目する機会に恵まれたという感じだね。特定のアーティストやバンドのサウンドが好きで、それを再現しようと思ったわけじゃない。本当に色んな音楽をたくさん聴いてきて、それが交差点のような場所でひとつにまとまったという感じなんだ。



―なるほど。

リアム:ただ最近は、特定のアルバムやバンドによりフォーカスすることもあるよ。例えば2ndアルバムでは、アラバマ・シェイクスに多大な影響を受けているし、最新作ではレディオヘッドの『Moon Shaped Pool』(2016年)をより詳しく掘り下げていった。1stアルバムの時はそういうことをあまりやらなかった気がするね。最初のアルバムは、どんなことも可能だと感じられる段階だったから、クリスが言ったように、色々なアイデアを試してみたんだ。

―実際、ボノボと比較されることは多いと思うのですが、それについてはどのように受け止めていますか?

リアム:いや、かなり近いと感じているよ。もちろん、僕たちの方がよりソングライティングに重きを置いていると思うし、双方の相違も明らかなものではあるけど、特に初期にリリースしたものに関しては音のパレットが非常に似ていると思うんだ。クリスが言ったとおり、正直なところ彼から多大な影響を受けているし、僕たちの音楽の中に彼の要素を感じるのは当然のことだと思う。もちろん、彼は僕たちよりずっと長いキャリアがあるし、僕たちの音が彼に似ていることはあっても、彼のサウンドが僕たちに似ているということはないだろうね。でも、時間が経つにつれて双方のプロジェクトはそれぞれ独自の道を歩むようになって、今ではほとんど比較されることもなくなったと思う。

クリス:確かにそうだね。彼は、僕たちにもっとたくさんの音楽をサンプリングするよう促してくれたと思うし、ギターとか従来のバンド編成で使うものとは異なる、より多様な楽器を使うことに対しても影響を与えてくれた。それに、イギリスではあまり馴染みがないような音楽をサンプリングすることについてもインスピレーションを与えてくれたと思う。例えば、インドのレコードとかね。まあ、あのアルバムでは、正直それほどそういうサウンドは取り入れていなかったかもしれないけど、それでもメロディに関してとか、カリンバやアフリカの移民音楽をサンプリングすることはやってきたから。そういうことは、ボノボを聴く以前にはまったく頭に無かったものなんだ。



―あなたたちは『Portraits』の頃からフルバンド編成でのライブも行っていますが、ダンスミュージックをバンド形式でやるにあたって、ヒントになったようなアーティストはいますか?

リアム:たくさんいるよ。僕たちは学生時代にバンドを組んでいて、最初はギター中心の音楽をやっていたんだ。ギターサウンドは僕たちがいちばん最初に好きになった音楽で、その後にエレクトロニックミュージックに惹かれていった。だから、ジェームス・マーフィーが「Losing My Edge」で言っていたことを僕たちもやったというわけなんだけど(笑)。ギターを売ってターンテーブルを買って、またターンテーブルを売ってギターを買う、というようなサイクルを繰り返していたんだよね。

―なるほど(笑)。

リアム:前にやっていたプロジェクトではかなりライブに重きを置いていて、ソウルワックスやクラクソンズのような、エレクトロニックとインディーロックのハイブリット的なことをやっている人たちに影響を受けていたよ。そういうものは、つねに自分たちの中にあったね。マリブー・ステイトを始めた頃は、最初はDJとしてたくさんプレイしていて、クラブ向けのレコードを作っていた。その後、『Portraits』をきっかけに僕たちの音楽性が変化し始めた時、ライブで演奏することへの憧れが再燃して、それを今なら実現できるんじゃないかということに気付いて。その頃エレクトロニックミュージックをライブで演奏している誰かに影響を受けたはずだから、その人が誰だったか考えているんだけど……。

クリス:ボノボじゃないの?

リアム:彼は間違いなく最良のベンチマークだろうね。それに、カリブーも。確かにライブでやっている人たちの中には、僕たちが自分たちのステージを洗練させていく手助けをしてくれる存在がいたことは確かだけど、最初からライブは僕たちのDNAの一部だったんだ。僕たちはずっとライブパフォーマンスをしたいと思っていたからね。ステージの上が、僕たちがもっとも幸せを感じる場所だし、もちろんDJをするのも好きだけど、僕たちの心はライブミュージックにあるんだ。


『Portraits』ツアーの様子(2016年)


世界各地を周った経験、トランスからの影響

―2ndアルバムの『Kingdoms In Colour』はデビュー作の成功を受け、インド、オーストラリア、モロッコ、アメリカなど世界各地を周った経験にインスピレーションを受けて作られた作品です。実際、「Kingdom」にはアフロポップ的な感触がありますし、「Kāma」にはオリエンタルなムードが漂っています。改めて、あのアルバムの背景にあるアイデアについて詳しく教えてください。

クリス:そうだね。君が言うとおり、このアルバムの曲作りをする前は、たくさん旅をしてツアーをしていた。その間、レコーダーを持ち歩いてたくさんフィールドレコーディングをしていたんだ。滞在していた各国の環境音をたくさん録音することで、それがすごく絶妙な形で最終的な仕上がりに影響を与えてくれたように思う。そういうものが、全体のトーンや雰囲気を決定づけてくれた。それで、そこからもっと直接的なやり方で、旅をした国々の音楽をサンプリングし始めたんだよね。



―具体例を挙げるとすると?

クリス:例えば、インドはその時期にツアーを始めた場所のひとつで……確か、DJをしに行ったんだと思うけど。それがアルバム全体に通じるひとつのテーマとなって、東洋的な影響を強く受けた作品になったんだ。僕たちはサンプリングに対してかなりオープンな考え方を持っていて、例えば言及してくれた「Kingdom」では、ニーナ・シモンの曲に似たリズムのドラムが使われている。曲目は覚えていないけど……そうだ、「See-Line Woman」だったね。それが大きなインスピレーションになったのを覚えているよ。そこから「Kingdom」が生まれていったんだ。その頃から、僕たちのアンテナはすごく広がっていって。多分23歳か24歳頃のことだけど、まだ若くて、色んな経験を吸収していた時期だった。それがすべてアルバムに注ぎ込まれた感じなんだ。

それと、1stアルバムについて、マネージャーが的確に表現していたんだ。最初のアルバムというのはそれまでの人生経験がすべて詰まっているものだ、ってね。2枚目のアルバムは、僕たちにとって、世界に出て行けるようになった時点で作ったものだった。その頃もまだ若くて色々なことに興味があって、そのすべてを2枚目のアルバムに注ぎ込んだ。それが『Kingdom in Colour』というわけだけね。




―2ndの制作にあたって、もっともインスピレーションを与えてくれた土地は、やはりインドや東洋のあたりということになるのでしょうか?

リアム:実際の国で言うと、クリスが言ったように、やっぱりインドがいちばん印象深かったかな。メロディを書いたりサンプリングしたりする上で、何かしら僕たちに響くものがあったんだ。あの場所で聴いた音楽の持つサウンドが、僕たちの音と融合するような感じがして、本当にしっくりきたね。でも、全体として、単純に”自分の家ではないどこか”という部分が大きかったんだと思う。色々な場所で、インスピレーションの源を見つけようとしていたんだ。それこそが、クリスが言ったように、僕たちにとって新鮮でワクワクすることだった。それに、僕たちはオンラインで音楽を探す時代に育ったから、SoundCloudとかそういうものを通じて新しい音楽を見つける楽しみを知っているんだ。突然、世界中のさまざまな国やジャンルの音楽を探すことができるようになって、それがとても刺激的だった。あの頃は、僕たちにとって音楽について多くのことを学べる、本当に変化に富んだ時期だったと思う。




―このアルバムには、かつてロンドンにあった有名なクラブの名前を冠した「Turnmills」といった曲がありますし、のちにあなたたちはFabricのDJミックスシリーズも手掛けます。世界各国の多様なサウンドを取り入れつつも、やはりロンドンのクラブシーンからの影響があなたたちの根幹にあると考えていいのでしょうか?

クリス:うん、本当にその通りだと思うよ。これまで僕たちがやってきたものすべてにおいて、何らかの形で影響を与えていると思う。特にあの曲は、最初に聴き始めたクラブ音楽やダンスミュージックに対するちょっとしたオマージュのようなものなんだ。元々のタイトルは「Judge Jules at Visage」だったかな(笑)。Visageは僕たちの地元のクラブで、実際のところ、僕たちのどちらも行ったことがあるかどうかは定かではないんだけどね(笑)。ジャッジ・ジュールのようなトランス系の商業的なDJがそこでよくプレイしていたんだ。



―懐かしい名前ですね(笑)。

クリス:元々のタイトルはそんなジョークを込めたものだったんだけど、トランスというジャンル自体は、僕たちが成長する過程でよく聴いていたものだった。不思議なことに、トランスというジャンルは振り返ると少し気恥ずかしいと思われる部分もあるけれど、僕たちの音楽にはずっと目立つ形で影響を与え続けてきたんだ。特にコード進行において、その影響が僕たちの音楽の中に根強く残っていると思う。実際、トランスというジャンルは僕たちに長年インスピレーションを与えてきたものとして、誇りに思っているよ。だから、やっぱりUKのクラブミュージックやロンドンのシーン全体が、これまでずっと僕たちをインスパイアし続けてくれてきたことは間違いないね。

ニューアルバムを方向づけた「回復力」と「一体感」

―前作からニューアルバムの『Hallucinating Love』までの間に、お二人は精神的な不調を経験し、クリスはキアリ奇形という難病も経験しました。やはりそのような経験はアルバムのテーマや方向性に影響を与えたと言えますか?

リアム:それは間違いないね。クリスが話す?

クリス:いや、きっと考えていることは同じだと思うからリアムが話していいよ。

リアム:そうした出来事がこのアルバムに影響を与えたことは間違いない。最初の1〜2年、アルバムの曲を書いている間は、そういうものが影響していることにはあまり気付いていなかったんだ。当時は抱えていた問題と向き合いながらなんとか進めようとしていて。無視していたわけではないんだけど、アルバムを完成させる必要があると分かっていたから、どうにか作業を続けていたんだ。その時点では、アルバムのテーマが何なのか、タイトルがどういうものになるのか、そういう部分もはっきりしていなかった。ただ、曲を書いて、ひとつのまとまったサウンドになるように音を組み合わせていく一方で、お互いに自分自身の精神的、身体的な問題にも向き合っていたんだ。そういう影響について気付き始めたのは、制作に取り掛かって1〜2年経った頃だったね。このタフな時期をなんとか切り抜けようとしながら、築き上げてきた”レジリエンス(回復力)”が、アルバムのテーマになり始めたんだよ。というのも、僕たちにとって、そして多くの人にとっても、創造するということは、自分が消化しているものの産物だったりするから。

―ええ、そうだと思います。

リアム:当時の僕たちは『Kingdom in Colour』の時のように旅をしていたわけでもないし、新しい音楽を聴いてインスピレーションを得るということもほとんどしていなかった。ただスタジオでセッションをしたり、部屋で曲を書いたりしていた。その時に感じていた感情そのものが、そのまま音楽に反映されていったんだ。でも良かったのは、そういうものがポジティブな形で表現されていたことで。希望に満ち溢れた音楽を書いていたんだよ。僕たちが得てきたインスピレーションに繋がる部分もあるし、恐らくこれが僕たちのスタイルなのかもしれないけど、僕たちの音楽はあまり悲観的でも陰鬱でもなく、むしろ明るくて、時にはとてもエモーショナルで希望に満ちたものだったりする。そういうものを書くことで自分たちが前に進むための力を得て、より良い時代を想像する原動力となっていったんだ。

だから、このアルバムは”レジリエンス(回復力)”と”希望”について書かれたものなんだよ。暗い瞬間の中でもより良い未来やより良い現実を想像する力、それがテーマになっている。おかしなことだけど、ある意味で幸運だったのは、僕たちがその時経験していたことがアルバムに集中させてくれて、旗印を与えてくれたことだね。それがなければ、あの時僕たちは何を作っているのか分からずじまいだったと思う。



―実際、『Hallucinating Love』はこれまででもっとも壮大で力強く、感動的なアルバムだと感じました。自分たちの実感としてはどうでしょうか?

リアム:そうだね。そういう意味では、『Portraits』から現在までを振り返ってみると、本当に長い旅だったなと思うよ。この10年間で、個人としてもアーティストとしても大きく成長したと思う。僕たちはエレクトロニックミュージックを創っていて、自分たちでは歌詞を書いたり歌ったりすることはないから音楽を通じて感情を伝えるのが難しいと感じることも多い。これまでの2枚のアルバムは、どちらかというと音の構造やサンプリングに焦点を当てたものだったと思う。でも、このニューアルバムは初めて、自分たちが込めた感情や、それを引き出すインスピレーションについて感じられる作品になっていると思うんだ。今回の作品は、僕たちがこれまでに制作したものの中でもっとも成熟したアルバムと言えるだろうね。これまで自分たちの音楽にあまり取り入れることがなかった、あるいは取り入れる機会がなかったエモーショナルなテーマが、今回の作品には表現されているんだ。

クリス:そうだね。でも、まだはっきりとは言い切れない部分もあると思う。このアルバムはまだ完成したばかりだし、感情的にたくさんのものが絡み合っているから。ただ、自信を持って言えるのは、このアルバムがどんなテーマに基づくものかまだ分からない段階で、まずは音響的に充実した作品を創るという意図を自分たちに課していたということなんだ。それと、これまでやってこなかった新しいことに挑戦するという目標も設定していたよ。すべての要素をより大胆に、ミックスも含めて全体のサウンドを押し上げるという点では、確実に達成できたと思っているんだ。このアルバムは、これまでの作品の中でもっとも洗練されていると感じているよ。

―ええ、間違いないと思います。このアルバムは半分近くの曲に、お二人の多数の友人たちがコーラスで参加していますよね。彼らのハーモニーが曲にパワフルさを与えていると同時に、友情や絆のようなものを感じさせ、アルバムのムードを決定づける要素のひとつになっていると思います。

クリス:正直なところ、以前のアルバム、特に前作でも似たようなことをやっているから、完全に新しい試みというわけではなかったんだ。ただ、このアルバムを作り始めた頃……特に制作初期には、確かに一体感の欠如といったものを感じていた。それで、制作段階の後半……2022年頃になってからかな。ずっと漠然と考えていたアイデアを実現することにしたんだよ。そのアイデアというのが、大きな家を借りてスタジオを構えて、友人たちを呼んで一緒にコラボレーションすることだった。パーティのような雰囲気で楽しく制作できればと思ってね。

―いいですね。

クリス:だから最終的に、友人たちに曲の一部で歌ってもらうというアイデアが後から加わった感じだね。そうすることで、単に楽しいだけでなく、生産的な成果を出すことにした。それが結果的に功を奏することになったね。そのアイデアを形にして、合唱の録音を含め友人たちが制作プロセスの一部になったことが、このアルバムにとって非常に重要なポイントになったんだ。例えば「Otherside」を完成させたのもその合宿中だったし、最終的にその時に撮影した映像素材を使って「Blackoak」のMVを作った。あのMVは、”一体感”というエモーションをしっかり伝えてくれるものになったと思うよ。その”一体感”も、このアルバムのテーマのひとつだね。



UKクラブカルチャーからの影響と距離感

―ところで、前作はある種のグローバルな感覚を捉えようとしていた作品でしたが、今回のアルバムはイギリスらしさというものを改めて見つめ直したものでもあるそうですね。あなたたちが考える、イギリスらしさとはどのようなものだと言えますか?

リアム:良い質問だね。思うにこのアルバムの曲作りをしていた頃、僕たちはその疑問に取り組もうとしていたんじゃないかな。それで、その疑問に答えるために、自分たちが影響を受けた音楽やイギリスの音楽について振り返る視点を与えてくれたものがあった。数年前、世界はとても奇妙な状況にあったよね。僕たちにとって、『Kingdom in Colour』の制作とツアーはさまざまなインスピレーションを与えてくれた。このアルバムは非常に広がりのある、世界中から集めたインスピレーションから生まれた作品だったし、それを引っ提げて、これまでにないほど広い地域をツアーしたから。でも、そういう状況から一転して、移動が制限されて、誰とも会うことができないという状況に直面した。その期間がとても内省的な時間をもたらすことで、思考プロセスの出発点になっていったんだ。

―ロックダウンが自分たちのローカル性やアイデンティティについて考え直す時間を与えたと。

リアム:最初にそういった方向性を考え始めたのはクリスだった。彼がソロアルバムをシャイア・T名義で制作していた時に、僕たちが子ども時代に聴いていたイギリスのダンスミュージックがもたらす影響について考え始めたんだ。そこから、自分たちにとってそれがどういう意味を持つのか、何を誇りに思えるのかを考えるようになった。イギリスという国は、これまでの長い歴史の中で、他国に酷い扱いをしてきた過去がある。それでも、僕たちは何か本当に支持できるもの、誇りに思えるものを見つけようとしたんだ。それが90年代のエレクトロニックミュージックの持つ革新性と、イギリスがその先進的な音楽ジャンルにおいて世界の最前線に立っていたという事実だったんだよ。

クリス:少し補足すると、以前はアイデンティティの感覚について苦しむことはほとんどなかったと思うんだ。それが、旅をしたり移動したりすることができなくなった途端、急に直面する問題になったように感じたよ。特に2021年初頭に行った、「Blackoak」を書くための特別な執筆旅行で、その感覚が浮き彫りになった。多くのイギリス人やイングランド出身の人々が同じような感覚を抱えていると思うけど、自分たちの祖国に誇りを感じるというのが、どこかタブー視されるところがあるというか。

―今のイギリス人は、いわゆるポスト植民地主義的な反省を抱えているということですね。

クリス:でもリアムが言ったように、僕たちはその中で、自分たちのルーツに満足できる場所を探している。音楽は間違いなくそのひとつなんだ。例えば、グラストンベリーフェスティバルは、イギリスが魔法のような場所であることを実感させてくれる素晴らしい例だね。イギリスのそういうひとつの側面が、そんな風に感じられる瞬間があるよ。

―実際、その「Blackoak」とか、「Dance On The World」などには、イギリスのクラブカルチャーを祝福するような感覚があると思います。

リアム:クリスが言及したとおり、「Blackoak」は不思議なことに90年代のイギリスのエレクトロニックサウンドを上手く捉えていると思うんだよね。もちろん、完全に意図していなかったわけではないけれど。そうだな、アルバム全体にそういった雰囲気がささやかに感じられるかもしれない。プロダクションやメロディの選択、あるいはサンプルのチョイスが、それとなくそういうサウンドの雰囲気に馴染むような方向性を持っていると思う。例えば、『Kingdom in Colour』の「Turnmills」は、すごく分かり易くそういうサウンドの影響を感じさせてくれる典型的な曲だと思うけど、『Hallucinating Love』では、その影響がもっと捉えどころがないというか、全体を通してふんわりとした雰囲気そのものという感じで表現されているんじゃないかな。個人的には、「Dance on the World」よりもむしろ「Blackoak」の方がその世界観から受けた影響をもっと明確に感じられると思うよ。

クリス:そうだね。「Dance on the World」のシンセラインには、少しトランスっぽい雰囲気がある。僕たちが最近使うようになった楽器やシンセサイザーの多くは、かつてのオールドスクールなイギリスのダンスレコードでよく使われていたものなんだ。それが多大な影響を与えたと思う。例えば303とか101とかね。そういった楽器やサンプルなんかが、その当時の雰囲気を創り出すのに大きな役割を果たしたんだ。



―では、近年のイギリスのクラブシーンの状況については、どのような感想を抱いていますか?

クリス:僕たちは、そういうシーンからは切り離されているように感じているんだ。実際、この数年、ロンドンでDJをする機会もあまりなかったしね。リアムは多少はDJをしているようだけど、長いこと他のDJと一緒に大きなイベントでプレイすることも少なくなっているし、自分たち独自の道を歩んでいるような感じなんだ。だから、ある意味ではそういったクラブカルチャーみたいなものから遠ざかっているように感じているんだよね。正直に言えば、イギリスの今のクラブカルチャーがベストな状態にあるとは言えないと思う。色々なものが失われつつあると思うから。もし僕たちがクラブに足を運ぶとすれば、それはイギリスではなくてベルリンのような場所だろうね。

―ベルリンのクラブカルチャーは、どんなところに違いを感じますか?

クリス:ベルリンのクラブカルチャーにはもっと自由があるし、ベニューの質もずっと高いんだ。イギリスではベニューはすごく流動的なもので、Fabricのような定番のクラブも幾つかあるけど、ほとんどのベニューは短期間の間にオープンしたり閉鎖したりするからね。そんなわけで、イギリスのクラブシーンの状況について完璧なコメントをするのはちょっと難しいかな。僕たちはそういうシーンにあまり関わっていないから。ロンドンに住んで、DJもしている2人としてはちょっと矛盾しているかもしれないけど(笑)。もちろん、クールなクラブが色々あるのは知っているけど、実際にはそのどれにも行ったことがないんだ。例えば新しくオープンしたThe Causeみたいな、川沿いのクラブがすごく良いと言われているけど、そういうところにも行ったことがないから、コメントするのは難しいね。

―というのも、ここ数年はジャングルやドラムンベースにまた勢いがありますよね。今あなたたちはどのようなサウンドに特に注目しているのかと思いまして。

リアム:クリスが言ったように、僕たちはクラブシーンにはほとんど関わっていないからなあ。自分たちのステージ以外では、ほとんどそういったシーンには関与していないんだ。ただ、そういうサウンドが復活の兆しを見せているのはすごく良いことだと思うね。特に、自分たちが大好きだった時代のトラックをDJセットでプレイして、それがオーディエンスに受け入れられて良いリアクションをもらえるのは嬉しいよ。先週、ニューアルバムのプロモーションのためのショーをやったんだけど、オーディエンスは僕たちよりもずっと若い人たちだった。その中で、昔のUKジャングルの曲をプレイしてみたら、すごく盛り上がったんだ。終わった後で何人かと話をしたら、ああいうトラックが聴けて本当に興奮したよ、と言われて。嬉しかったね。なんというか、そういったサウンドが一周して戻って来ている感じがするし、そのジャンルが再評価されているのは素晴らしいことだと思う。ただ、新しい音楽がそういうジャンルの影響を受けてどんなものになっているのかとか、そういうサウンドに影響を受けた若いプロデューサーがどんなことをやっているのかとか、そういうことについては正直あまり把握していないんだ。

クリス:そうだね。僕とリアムは、ある意味とても孤立している部分があるんじゃないかと思う。イギリスから出て来たたくさんの音楽から影響を受けているものの、最近のトレンドや最先端のものにはあまり詳しくなくて。正直なところ、昔からそういうところがあったのかもしれない。そういう姿勢が自分たちの音楽性にどういった影響を与えているのか、その理由が何なのかははっきりとは分からないけど、僕たちの音楽作りに対するアプローチに、そういう姿勢がどこか反映されているのかもしれないね。

リアム:フューチャーガラージに関して言えば、あれは当時、本当に重要な新しい音楽だったと思うけどね。ただ、すごく短命だったけど。でも、僕たちのこれまでの音楽人生とはかなり異なるサウンドだったね。

―あなたたちのスタンスがよく理解出来ました。では最後の質問です。もし自分たちでフェスをオーガナイズするとしたら、どのようなラインナップが理想的ですか?

クリス:う〜ん、ヘッドライナーは……。

リアム:これは存命のアーティストじゃなきゃいけないの?

クリス:ここは存命のアーティストにするべきだろ。まずはボノボかな。2人とも納得するような名前をとにかく挙げていくよ。

リアム:オーディエンスとして参加したいね。絶対すごく良いフェスになるから(笑)。

クリス:彼がステージに立つのを長いこと観てないからね。リアムは生で観たことがあるかどうか分からないけど、モーター・シティ・ドラム・アンサンブルもいいね。今はその名前ではやっていないけど。あとはDJクリストフもね。イギリス人のDJで、すごくいいよ。

リアム:レディオヘッドがヘッドライナーかな(笑)。大事なのは、ライブとDJセットを完全に分けることだね。ボノボみたいなチルな音楽を聴いた後で、テクノやハウスをプレイするDJセットも楽しめる感じにしたいね。






マリブー・ステート
『Hallucinating Love』
発売中
日本盤ボーナストラック追加収録
詳細:https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14443

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください