虐待、DV…警察が最重要視の「人身安全対策」警視庁「命守るためやれることすべてやる」
産経ニュース / 2024年10月11日 18時49分
虐待やストーカー、ドメスティックバイオレンス(DV)、近隣トラブルなど人命に関わる事案は「人身安全関連事案」として近年、警察が最も重要視している課題の一つだ。警察は過去の苦い教訓から、態勢や対応を手厚くしてきた。重大事件に発展したケースが報道されがちだが、背後には切迫性や事件性を的確に判断し、未然に防いだ多くの事案がある。
万が一の危険性を排除
「元交際相手が家に押しかけてきて困る」。警視庁の警察署にある女性から相談があった。署は女性に被害届を出してもらおうとしたが、女性は一転、「大事にはしたくない」とし「相談自体をなかったことにしたい」と申し出てきた。
警視庁の人身安全対策の担当者は女性に危険性を丁寧に説明して一時的に避難することを受け入れてもらい、自宅周辺で張り込むなど警戒を実施していたところ、再度押しかけてきた元交際相手の男を確保した。男の所持品からは刃物が見つかったという。
こんな例もある。集合住宅で近隣トラブルがあり、住人が当事者の男性に退去を依頼したところ、管理会社に対して「殺してやる」とのメールが送られてきたという。人身安全対策の担当者と警察署で連携し管理会社周辺を警戒していたところ、当事者の男性が現れ、警察が対処して事なきを得た。
過去に警視庁の警察署に相談があった事案の一部だ。警視庁にはこうした相談が1日に100件以上寄せられる。相談を受けた警察署ではその場ですぐに人身安全対策課(人安課)に「速報」として伝達。警察署だけで対応を終わらせずに、人安課の担当者が切迫性や事件性を判断し、署と連携して対応に当たる。
「危険性があるかどうかの判断は難しいが、その恐れがあるとした時点でまずは最優先に相談者と相手方を物理的に離す。万が一の危険性から守らないといけない」と人安課の担当者は話す。
相談者と相手方の対応
人身安全関連事案の対応が難しいのは、相談者と相手方の間に、恋愛感情や怨恨(えんこん)などがあり、濃密で複雑な人間関係が絡み合っているからだ。相談者自身も相手への情や負い目などから大事にしたくないと思いがちだという。
相談者に避難や引っ越しなどを強く勧めるケースもある。人安課の担当者は「『なんで私が』と思う相談者の思いはもっとも。だが、危険性がすぐ迫っている場合もあるため、納得してもらうまで説明する」と話す。
相手方も感情的になっている場合が多い。まずは相談者との物理的な距離を取り、話を聞くなどして気持ちを落ち着かせる。親族や会社などにあらかじめ連絡を取れる態勢を構築し、再発を防ぐために力を尽くす。
担当者は24時間365日態勢で対応する。相談者と相手方両者に関わる中で、事態が急変し、突然重大事件に発展する場合もある。対応に当たる警察官のプレッシャーは相当だ。それでも、「警察は知った以上は守る。ぜひ警察に連絡してほしい」と話す。
警視庁の高橋正良人安課長は「命を守るために警察がやれることをすべてやる。万が一の危険性を取り除き、大きな事件にならないよう対応していく」と話した。
◇
事件機に法改正繰り返す
児童虐待や家庭内暴力、ストーカーなどは、かつて民事不介入を理由に警察が扱う事案ではないとされたが、凄惨(せいさん)な事件が相次ぎ、明確に事件化する新法の創設や法改正が相次いだ。きっかけとなったのは25年前の平成11年10月、埼玉県桶川市で元交際相手の男らに猪野詩織さん=当時(21)=が殺害された「桶川ストーカー殺人事件」だ。
猪野さんは何度も警察に相談したが、対応されず、埼玉県警のずさんな対応が判明。翌12年5月18日にストーカー規制法が成立した。ただ、その後も法の規制から外れた形態の事件は後を絶たず、3度にわたり法改正が行われた。
東京都三鷹市で25年10月に起きたストーカー殺人事件では、警察署が被害者から事前に相談を受けていたが、被害を防げなかった。警視庁では同年12月に80人態勢のストーカー・DV事態対処チームを編成。27年には約180人規模に拡大した「人身安全関連事案総合対策本部(現・人身安全対策課)」を発足させた。ストーカー事案などを警察署任せにせず、専門部署で一元的に対処する態勢を整えて強化してきた。
騒音や金銭などを理由に起こる近隣や知人、親族間のトラブルの中には、重大事件に発展する可能性がある事案も含まれる。誰にでも起こりうる幅広い事案への対処が今後も求められる。(大渡美咲、橋本愛)
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