動機正しければテロ許されるか 途切れず届く差し入れ、山上の謝意と当惑 五・一五の警鐘 新テロ時代 二律背反④
産経ニュース / 2024年7月10日 7時0分
昨年6月12日、奈良地裁に一見不審な段ボール箱が届けられた。その日は元首相、安倍晋三を銃撃した山上徹也(43)の初めての公判前整理手続きが予定され、山上も出頭するはずだったが、奈良県警の爆発物処理班が出動する騒ぎとなり、手続きは中止に。もっとも箱の中身は危険物ではなく、山上の減刑を求める嘆願書だった。
逮捕から2年。勾留先の大阪拘置所には、全国から寄せられる食べ物や本の差し入れが今も途切れない。現金を送ってくる人もいた。「直接お礼もできず、申し訳ない」。弁護団によれば、山上はこんなふうに謝意を述べているという。
こうした現象は、山上の犯行に酌むべきものがある、と一定以上の人が考えていることのあらわれだろう。
母親が旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)に傾倒し、家庭を顧みずに1億円以上を寄付したため、山上一家の生活は破綻した。
いわゆる霊感商法をはじめ、相手を精神的に追い詰めて寄付を強要してきたと、民事を中心にトラブルが絶えなかった同教団。だが選挙における組織票と引き換えに、安倍をはじめとする自民党保守政治家の庇護(ひご)を受け、本格的な規制を免れてきた-。事件後もっぱら報じられたのは、こうした見立てに基づく政治と教団の関係性だった。
元首相銃撃事件の報道は、ほどなく「暴力はいけないが…」という簡単な留保だけを付け、旧統一教会問題に置き換わった。山上の犯行は結果として、政治と宗教の〝闇〟をうがつ号砲だったかのように、多くのメディアで扱われた。
× × ×
《見よ!裁判長の机上に山と積む減刑嘆願書》
「憲政の神様」と言われた時の首相、犬養毅(つよし)が暗殺された五・一五事件(昭和7年)の裁判を、当時の『時事新報』はそんな見出し(翌8年9月20日付)で報じている。
首謀者の一人だった海軍中尉の三上卓は裁判に当たる軍法会議で政党政治や財閥の腐敗を非難。首相個人には何の恨みもないが、支配階級の代表として撃った、昭和維新という革命のための「尊い死」だったと語った。三上らに従った陸軍士官候補生の被告は出身地である農村の窮乏を涙ながらに語り、傍聴人からおえつが漏れたという。
《憂国の熱情》《純真》《涙の弁論》
裁判を伝える新聞各紙には連日、こんな感情的な見出しが躍った。反乱罪の「首魁(しゅかい)」たる三上らには死刑が求刑されたが、国民的な減刑運動が展開され、嘆願書は100万通に及んだと言われる。「五・一五の方々を死なせたくない」と電車に飛び込み、死亡した19歳の女性もいた。
結果、主導した三上らには禁錮15年、陸軍士官候補生らは一律禁錮4年と、五・一五に関係した軍人には極めて軽い判決が言い渡された。
× × ×
「日本近現代史において、これほどテロの犯人がたたえられたことはなかったであろう」
昭和史をテーマにした多数の著作で知られるノンフィクション作家、保阪正康は、五・一五裁判を巡る現象を「昭和最大の誤り」と表現している(『テロルの昭和史』講談社)。
保阪は、動機が正しければ何をやっても許されるという社会観を「動機至純論」と呼び、これを許容・称賛する社会の存在が先の戦争につながった、と指摘している。
もっとも自己の動機の至純さに自覚的であった五・一五事件の被告らと、山上は違うようだ。自らの銃弾により、せきを切ったように浮上した一連の旧統一教会問題について、拘置所でつぶさに新聞に目を通しているという山上は「現在のような状況を引き起こすとは思っていなかった」と弁護団に当惑を語った。
『五・一五事件』(中央公論新社)などの著作がある帝京大教授(日本近現代史)の小山俊樹は、テロ犯を〝英雄〟に変えた五・一五事件を踏まえ、今後予定される山上の裁判報道について「メディアとして犯行の背景にある問題や社会のひずみを取り上げつつも、政治的暴力の危険に警鐘を鳴らす必要がある」とくぎをさした。(呼称・敬称略)
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