壁に残された手形、「風化させぬ」消防隊員が語る緊迫の現場と教訓 北新地放火3年
産経ニュース / 2024年12月17日 18時2分
携帯電話の着信音が鳴り響く中、すすで真っ黒になった壁にはいくつもの手の跡が残っていた。17日で発生から3年となった大阪・北新地のクリニック放火殺人事件で、消防活動を指揮した大阪市消防局の消防司令・西本隆史さん(49)は、あの日の光景が忘れられない。事件ではビルの防火対策がクローズアップされ、各地の消防では取り組みが進む。「決して風化させてはいけない」。悲劇を繰り返させないため、西本さんは地道に活動を続けている。
「堂島北ビル4階で火事です」。令和3年12月17日午前10時18分に入ったクリニックからの119番通報。続く言葉が消防隊員らの緊張を一気に高めた。「中に20人ぐらい、いるんです」。
「これだけ多くの逃げ遅れがいる火災は経験したことがなかった」と西本さん。「姿勢低くして」「煙吸わないように口にタオルをあてて」。消防隊員が煙から身を守る方法を伝えると、電話の向こうで通報者が同じ内容を患者らに呼びかけていた。西本さんは「最後まで懸命にやってくれた」と振り返る。
ビルの構造、避難場所、消火活動に使う送水管の位置…。西本さんは情報を収集しながら現場へ向かった。到着すると、ビルの窓から女性が手を振って救助を求めていた。消防隊が窓への放水を続け、わずか19センチほどの隙間から助け出すことができた。逃げ遅れた中で唯一の生存者だった。
消防車両77台、消防隊員245人が出動。火は約30分後にほぼ消し止められ、約1時間後には逃げ遅れた全員をビルの外に運び出した。しかし、すでに心肺停止の状態だった。
総務省消防庁によると、ガソリンがまかれた待合室は約20秒で500度近くに達し、黒煙で視界はほぼゼロになっていたとみられる。消火活動後、西本さんが現場に入ると、クリニックの一室には熱気がこもったままだった。
逃げ道を探し続けたのだろう。すすで真っ黒になった壁に、いくつもの手の跡が残っていた。フロアに残された何台もの携帯電話からは、着信音が絶え間なく鳴り響いていた。「事件を知った家族や友人が、安否確認のためにかけていたんだと思う。本当に心が痛んだ」。
事件を機に市消防局では、要救助者の情報共有など効率的な救助の仕組みを整えた。現在は119番を受ける指令情報センターで勤務する西本さんは、同僚や部下に「(センターは)市民からの第一声を受ける『救助現場の最前線』。正確に情報を聞き取ることが重要だ」と伝えている。通報者の状況に合わせて落ち着かせるために声をかけ、煙を吸い込まない姿勢をとるよう呼びかける意識を徹底させている。
消防局は、階段が一つしかないビルなどに出向き、命を守る方法を個別に指導する「セルフ・レスキュー・コーチング(SRC)」にも取り組んでいる。地域の消防署の研修などにあたる西本さんは必ず事件に触れ、隊員らに訴える。「日ごろから大規模火災への対策を練っておく。訓練や準備を徹底する。市民のみなさんに防火を呼びかける。地道な取り組みが大切だ」(鈴木源也)
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