「地震で全部壊れたからこそ、新しいことできる」 33歳〝塗師屋〟が語る輪島塗の未来 あの日から①
産経ニュース / 2024年12月31日 17時5分
堅牢(けんろう)優美-。そう称される輪島塗の重厚感は、幾層にも積み重なる分業のなせる業だ。
形を作る木地(きじ)、漆を塗るきゅう漆、文様を施す加飾。それぞれの工程で職人の手が加わり、できあがった漆器を各地に届ける行商人は、塗師(ぬし)屋と呼ばれる。
「地震で全部壊れて、壊れたからこそ、どんどん新しいことができる」
石川県輪島市で200年以上続く「田谷(たや)漆器店」の塗師屋、田谷昂大(たかひろ)さん(33)は苦難の1年も、そんなふうに前向きにとらえている。現在の事務所はトレーラーハウス。仮住まいの感もあるが、どこにでも行ける機動性は強みだ。
令和6年元日、音を立てて崩れ始めた実家から、靴下のまま家族全員で逃げ出した。大津波警報が発令され、そのまま高台に駆けた。工場や事務所は全壊。完成間際だった輪島塗のギャラリーは朝市の大火で焼け落ちた。足場だけの残骸を前に涙が止まらなかった。
だが命は助かった。3日には再起への第一声を交流サイト(SNS)にアップした。《どんな事が起きようとも、全員で復興を遂げ、必ず輪島塗メーカーとして再スタートします》
対外的に発信したのは「気持ちを切り替えられないと思ったから。やると言えば、やるしかなくなるので」。クラウドファンディングでの資金集め、がれきの下からの漆器の回収、メディアでのアピール…。〝見切り発車〟の宣言を忠実に守り、できることを一つずつ実行に移した。
輪島塗は家業だが、その懐の深さに触れたのは東京都内の大学に進み故郷を離れていたときのこと。みそ汁を飲んで、ふと感じた。「違う」。輪島塗の椀(わん)に替えて、違和感の理由が分かった。
器の唇に触れる部分を口縁(こうえん)という。塗り重ねられた漆は空気中の水分を取り込みながら固まり、特有の感触を生み出す。その口縁の口当たりが、同じみそ汁を違う料理に仕立てあげていた。「すごいな」。改めて思った。迷いなく帰郷し、家業に入った。
能登半島地震の前から、輪島塗を取り巻く環境は厳しさを増していた。ピークは1960~90年代。平成3年の生産額約180億円をピークに、以降は減少の一途をたどり、地震前年の令和5年は20億円まで縮んでいた。
「こんな良いものなんだから、伝統工芸として政府が守らなきゃだめ」。生産にかかわる地元の人たちからそんな言葉を聞いたとき、心底悔しかった。
「いや僕ら、そんなしょぼいもん売ってないから」。輪島塗は守ってもらう対象ではない。持続可能なビジネスのはずだ。それなのに、その価値を訴求できていない。
塗師屋とは単なる行商人を意味しない。企画から製造販売までを統括し、分業の職人を束ねる輪島塗の総合プロデューサーだ。価値が伝わっていないとすれば、それは塗師屋の責任ということになる。
塗師屋として田谷さんがこだわったのは輪島から外へ出るのではなく、外から輪島へ、能登半島へと向かうベクトル、「動線」づくりだった。その一環として3年には、輪島塗の食器で石川県産食材を使った料理を提供する飲食店「CRAFEAT(クラフィート)」を金沢市に開業。輪島朝市通りで計画していたギャラリーも、外から輪島へ向かう動線の延長にあった。
再起を誓った田谷さんはあの日から、展示会や講演のため全国を飛び回った。4月には、訪米する岸田文雄首相(当時)の手土産に田谷漆器店の輪島塗のコーヒーカップが選ばれ、バイデン大統領夫妻に手渡された。
夏には倒壊した旧来の店舗を撤去。更地になった場所にトレーラーハウスを運び入れた。そこを事務所とし、工房となるトレーラーも数台設置。これからさらに追加し、輪島塗ビレッジ(村)をつくりたいという。製造現場の見学、物販、食事…。いわば輪島塗のテーマパークだ。
「まずは商いをちゃんとやること。その先に輪島塗の未来とか、復興とかがあると思う」
伝統工芸は基本的には「受け身」の業界だ。だが地震があって、受け皿を一からつくらざるを得なくなった。そんな困難にあっても資金援助やトレーラーの寄付など、多くの人に支えられた。「今までの人生の中で一番新しい出会いがあった。人間ってこんな優しいんだなって」
何百年と続く輪島塗の歴史の中で、間違いなく一つの転換点にいる。「新しい経験ができている。自分たちの世代が強くなっていく、きっかけかなって思う」
(木津悠介)
輪島塗
石川県輪島市で生産される漆器。漆の光沢、蒔絵の優美さに加え、耐久性にも優れる。国の重要無形文化財、伝統的工芸品。専門の職人が分業し、100以上の工程を経て一つの漆器をつくる。輪島では室町時代には漆工業が発展していたとされ、現存する最古の輪島塗は、同市内の重蔵神社に保存されていた「朱塗扉」で、大永4(1524)年作。元日の能登半島地震後は金沢市内の博物館で保管されている。
◇
誰にとっても、困難や挫折あるいは歓喜、それぞれの転機となった「あの日」があるはずだ。新しい1年の始まりにあたり、「あの日」から前を向いて歩む人たちを取り上げる。
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
【日本橋高島屋】令和6年能登半島地震から1年。「輪島塗を未来にTSUNAGU」2025年1月8日(水)~1月14日(火)本館1階正面イベントスペースで開催!
PR TIMES / 2025年1月7日 16時45分
-
【阪神】育成4位の川崎俊哲が石川・輪島市の伝統工芸品「輪島塗」持参で入寮「頑張らないといけない」
スポーツ報知 / 2025年1月6日 17時0分
-
【日本橋高島屋】能登半島地震から1年。令和6年能登半島地震復興支援企画「石川の工芸のある暮らし ~復興へのみち、次なる挑戦~」2025年1月11日(土)~13日(月・祝)の3日間開催!
PR TIMES / 2024年12月23日 15時45分
-
失われつつある伝統工芸、職人、技術を守る 創業以来、日本文化の継続を応援してきた元大工出身の社長が 二重被災で損壊した輪島塗工房再建へ多角的支援を展開
PR TIMES / 2024年12月16日 16時45分
-
創業以来、日本文化の継続を応援してきた元大工出身の社長が 二重被災で損壊した輪島塗工房再建へ多角的支援を展開
Digital PR Platform / 2024年12月16日 15時13分
ランキング
-
1「火が付いたのを見て作戦成功と思った」 正月のドンキで放火未遂疑い 30分で2回火を付けたか 無職の男(34)を逮捕
ABCニュース / 2025年1月7日 17時49分
-
2大雪で青森県の10市町村に災害救助法適用 住家倒壊などの恐れ
毎日新聞 / 2025年1月7日 18時39分
-
3吉村知事、万博前売り券は「非常に高い目標」 赤字想定の協議はせず
毎日新聞 / 2025年1月7日 16時25分
-
4関東・東北で「異常震域」地震 気象庁「異常な地震活動ではない」
毎日新聞 / 2025年1月7日 20時6分
-
5【速報】兵庫県知事選で「稲村和美氏を支持」表明した22市長への告発状を提出『市長が自身の地位を利用した支持表明は公選法違反の疑い』
MBSニュース / 2025年1月7日 13時10分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください