「終わりは物語の始まり」カウンターで見守った阪神大震災からの復興 老舗バーの30年
産経ニュース / 2024年12月24日 12時4分
平成14年に本紙夕刊1面で始まった「夕焼けエッセー」は、現在も朝刊1面に場所を移し「朝晴れエッセー」として続いている。人々の日常における心の機微をつづる作品群には発生から30年となる阪神大震災をテーマとしたものも数多く、夫が営むバーが全壊した女性が15年前に寄稿した『待ってたで』もそんな一作だ。店を再開させ、カウンター越しに街の復興を思う夫婦の30年の歩みを追った。
神戸・三宮のバー「Alco―Hall(アルコホール)」。誰もが酒を楽しめる場という意味を込めてその名をつけた。棚には無数のウイスキーが並び、磨き上げられたサクラの木でできたカウンターの内側でマスター、梨本康雄さん(62)と妻、裕子さん(61)がほほ笑む。昭和61年開業の神戸でも知られたオーセンティックバーだ。
2人にとって平成7年1月17日は2カ月ぶりの休業日になるはずだった。
開業から8年を迎え、若い2人が営むバーは前日から盛況だった。17日午前3時頃に店を後にし、神戸市灘区の山手に構えたばかりの新居で「久々の休みだし起きたら家具を見に行こう」と話してから、明け方近くに眠りについた。
一変した三宮、11月に店を再開
揺れに飛び起きたのはすぐ後のこと。幸い2人にけがはなく街から上がる火の手を見ても現実味が持てなかった。「明日の営業は無理か」という程度の気持ちは、砂煙が立ち込め、倒壊した建物が道を塞ぐ三宮の繁華街を見て一変した。店が入るビルも傾き中に入ろうとすると止められた。
その後ビルは解体。涙を浮かべながら見守った康雄さんは夜になると、妻に黙ってがれきの街と化した三宮へ出かけた。
「あてもなくふらふらしていた。店を失っても自分の居場所でしたから」
ネオンが消えた暗闇に自身と同様、何もせずただ座り込む人の中には見知った顔も多かった。失意の中、自ら命を絶った人もいたと後で聞かされた。
それでもその年の11月に元の店のほど近くに店を再開させる。若手の経営者として周囲にかわいがられていたことが、望外のスピードでの再開につながった。
店名は同じ「Alco―Hall」。「マスター、待ってたで」と喜ぶ常連客の言葉が胸にしみた。
それから数年はがむしゃらに働いた。「一度気を緩めると自分自身が潰れてしまうような気がして」と康雄さん。「若かったからこそできたこと」と2人でうなずいた。あの日以来顔を見なくなった常連客もいる。「あまりに多く人が亡くなり過ぎた」と店の再開後は記念イベントは行わなくなった。
「あの日を経験したから今がある」
平成22年、産経新聞が震災をテーマにエッセーを募っていることを知った裕子さんは「書いてみよう」と思い立った。15年という年月を経て改めて震災を振り返る日々。完成したエッセーを読んだ康雄さんは「あの日のことを思い返すきっかけになった」と振り返る。
そしてもうすぐ、震災から30年。リーマン・ショックや新型コロナウイルス禍、そして長引く不況-。かつては客があふれた店内だが、空席が目立つ日も増えている。
一方で、震災前の店を知る人の再訪や、常連客が子や孫と酒を酌み交わす場面にも立ち会えるなど喜びも多かった。昨年には「神戸名店百選」にも選ばれ「神戸のバーではちょっとした老舗になれたかな」と2人で笑う。
三宮にもようやく新たな街並みができつつある。康雄さんは「震災前と同じ姿には戻れないが、終わりは(別の)物語の始まりでもある。店も同じ。あの日を経験したからその後の危機を乗り越えた今がある」と穏やかに話す。
生涯現役でカウンターに立ち続けたいと語る夫の傍らで「人と接することが好きなんでしょう」とほほ笑む裕子さん。いつかまた、年老いた夫がカウンターに立つ日々をエッセーにつづりたいと願っている。(木ノ下めぐみ)
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