住宅の「耐震補強」阪神大震災も能登地震も生存に直結 対策遅れる地方、都市との格差拡大 備えあれ②耐震力
産経ニュース / 2025年1月3日 7時57分
平成7年の阪神大震災後、建築を学ぶ一人の神戸大生が、千人超の犠牲者遺族にアンケートを実施した。犠牲者が出た建物のうち、耐震性の不十分な建築基準法の旧基準は9割超だった。「耐震補強こそ地震対策の要」。1年前の元日、能登半島の古い家屋が次々に倒壊し、その思いが再び頭をもたげた。
平成7年1月17日早朝、神戸大工学部建築学科の学生だった藤江徹(いたる)(52)は、下宿先で就寝中、「洗濯機の中に放り込まれた」ような揺れで飛び起きた。周囲の建物は軒並み倒れ、「日本が滅びた」と感じた。
兵庫県によると、阪神大震災の直接死5483人のうち72%が家屋の下敷きになった窒息・圧死とされる。「被災地の学生として震災に向き合う義務がある」。藤江は卒論に向け犠牲者が出た家屋を調べようと決断。犠牲者3651人の遺族にアンケートを送り、1218人から回答を得た。
結果に驚愕(きょうがく)した。全半壊家屋の98・1%が昭和56年の建築基準法改正より前に建った旧基準だったのだ。震度6強まで耐えるとされる新基準の全半壊はわずか1・9%。犠牲者も旧基準が782人に対し、新基準は15人にとどまった。「耐震化は生存に直結する」と藤江は確信した。
国も平成12年の建築基準法改正で木造住宅にさらに厳しい「新新基準」を設けた。国土交通省によると、平成30年の新基準レベルの耐震化率は全国平均で87%。令和12年にはおおむね100%とするのを目標に掲げる。
だが昨年1月の能登半島では、30年前の神戸と同じ光景が広がった。直接死は228人に及んだが、被害が甚大だった石川県輪島市の耐震化率は46%(4年度末時点)、珠洲(すず)市も51%(平成30年時点)と、全国平均を大きく下回っていたのだ。
地震後の昨年3月、日本建築学会北陸支部は両市などの被災家屋約5700棟を目視で調査した。旧基準とみられる古い建物は5割以上が全半壊した一方、新新基準とみられる建物の全半壊は1割程度にとどまった。
調査を担当した金沢大助教(地震防災工学)の村田晶(53)は「都市と地方の『耐震化格差』が被害を拡大させたのは明らかだ」と指摘。被害低減や早期復興には耐震化の推進が最も効果的だとし、耐震化が遅れがちな地方に「犠牲者が増えると過疎化が進み、故郷の維持さえ難しくなる」と警鐘を鳴らした。
家屋密集、高まる火災リスク
住宅にとって地震への備えで重要なことは、耐震性の強化だけではない。木造家屋が密集する市街地などでは、もう一つの脅威も考慮する必要がある。それが火災だ。
1年前の能登半島地震では、石川県輪島市の「朝市通り」一帯で大規模火災が起きた。総務省消防庁などによると、240棟約4万9千平方メートルが焼失し、10人以上が犠牲となった。電気配線が地震で傷つき、出火した可能性があるという。
「被災地には独特のにおいがある。能登も同じにおいがしたと思う」。阪神大震災当時、神戸大の学生だった藤江徹(いたる)は、輪島の大規模火災の映像を見て、つらい記憶がよみがえった。
30年前の地震直後、神戸市灘区の下宿先から友人のアパートへ駆けつけた。友人は無事だったが、同じ大学の男子学生が建物の下敷きになって助けを求めていた。
「俺、助かるかな」
学生の力ない声に、藤江は「絶対、助けたる」と声をかけたが、目前に火の手が迫る。断水で消火する方法もない。「逃げろ」との呼び声に離れた直後、炎がアパートを包み込んだ-。
古い家屋が並ぶ地域は倒壊に加え、火災拡大のリスクも高い。国は平成24年、古い木造家屋がひしめき、地震で被害拡大が懸念される「著しく危険な密集市街地」が17都府県に計5745ヘクタールあると公表した。解消を進めるが、現在も10都府県に計1662ヘクタールが残る。
まずはハード対策進めるべきだ
大阪公立大教授(居住安全工学)の生田英輔(48)は、地震に伴う火災が密集市街地で起きた場合、「同時多発的に火災が起き、地域の消防力を上回り激甚化しやすい。まずは耐震化や不燃化などハード対策を進めるべきだ」と強調する。
ただ、高齢住民が多い地方などでは、年齢や資金的な面から耐震化を諦めるケースが多い。輪島市によると、朝市通り周辺も耐震改修の補助制度などを利用する人は少なかった。生田は、もし耐震改修などが進まない場合、「感震ブレーカーを設置するなど、火災自体が発生しにくくする工夫が有効」とも指摘する。
現在、大気汚染で疲弊した大阪市西淀川区の再生に取り組む公益財団法人「公害地域再生センター」の事務局長を務める藤江。小中学校で防災教育にも力を入れ、耐震化の重要性も訴えている。
「記憶の風化は地震対策の必要性さえ失わせる。何度も伝えることが自分の使命なんです」(敬称略)
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