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能登地震ルポ 「直しても直しても終わらない」 激震と豪雨、復興の芽も爪痕色濃く

産経ニュース / 2024年12月30日 20時5分

能登半島地震の避難所としては閉鎖され、最後に談笑する被災者の薮信子さん(中央)ら=27日、石川県珠洲市(市岡豊大撮影)

避難所からは笑い声が聞こえ、店の明かりも少しずつ増え始めていた。能登半島地震の発生から1年を前に訪れた被災地は、避難所の閉鎖や応急仮設住宅の整備が進み、復興の息吹きを感じさせた。ただ、倒壊したままの家屋も目立ち、9月の記録的豪雨による被害の爪痕も色濃い。被災者の傷が癒えるにはまだ時間が必要そうだ。

「やっと一歩」踏み出せる

「転々としたけど、ここの避難所が一番楽しかった。気の合う友達ができたからね」

石川県珠洲(すず)市の生涯学習センターに設けられた避難所で27日夜、無職の薮信子さん(75)は、談話スペースで友人2人とテーブルを囲んでいた。地震の避難所としてはこの日で閉鎖。豪雨の被災者9人は今後も残るが、薮さんは公営住宅に移ることになった。

自宅はわずかに傾き、気分が悪くなって住めないが、罹災証明書の判定は準半壊。仮設住宅に入れず、支援金も少ない。薮さんは判定を5回受け直したが覆らなかった。

6年前に他界した夫が大切にしていた自宅には愛着もある。薮さんは「もう十分あだける(暴れる)だけ、あだけたから、お父さんも許してくれるかな。やっと一歩を踏み出せるよ」と語る。

子や孫のために頑張る 建設関係者の決意

珠洲市の市街地では、夜営業の飲食店がここ3~4カ月で数軒増えたという。仕事納め翌日の28日、あるカラオケスナックは土曜にもかかわらず、建設業関係者であふれていた。50代男性は「今、一番直してるのは川の堤防。地震で壊れた道路とか港湾はあまり進んでいない。直しても直しても終わらないんだ」とぼやいた。

夜が更けると、隣に座っていた60代男性がウイスキーを片手に力説した。「何で俺たちが頑張れるか分かるか。子や孫が住んでいるからや」。漁港らしく漁師がテーマの演歌を熱唱していた。

厳しい冬、「助け合っていくしかない」

27日に全線開通した半島の大動脈・国道249号を珠洲から輪島方面へ車を走らせた。冬の日本海の荒波が押し寄せる海岸沿いを進むと、高さ数十メートルの山肌が崩れ落ちている様子が続くのが見えた。地震被害に豪雨が追い打ちをかけたのだろう。

輪島市の市街地を抜け、山間部を進んだ先にあるのが同市門前町の浦上地区だ。冷たい風が吹く中、解体作業を進める重機の音があちこちから聞こえる。傍らには1階部分がつぶれて手つかずの家屋が残る。

「9月の水害で近くの川が氾濫し、仮設住宅も多くが浸水してしまった。地震の上に水害なんて、がっくりした」。同地区の公民館長、喜田充さん(75)は1年を振り返る。50世帯以上が暮らす地区の中心部にある仮設住宅は高齢者が多く、泥の清掃などは困難を極めたという。

仮設住宅の隣にある公民館では、年越しに向けて餅を配布し、入居する被災者が「ありがたいねえ」と感謝の言葉を口に受け取っていた。雪国の冬はこれから本格化する。喜田さんは「助け合って乗り切っていくしかない」と厳しい表情で話した。(市岡豊大、秋山紀浩)

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