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30年変わらぬ体育館での雑魚寝「劣悪環境」の避難所が生む関連死 自治体任せから脱却を 備えあれ⑤避難力

産経ニュース / 2025年1月6日 7時30分

真冬の能登半島を襲った地震から4日後、被災地に入った「被災地NGO恊働センター」(神戸市)の増島智子(54)は「阪神大震災と何も変わっていない」と目を疑った。避難所となった体育館の床に段ボールを敷き、毛布にくるまって雑魚寝する被災者の姿が、30年前の神戸と重なったからだ。

支援物資を配りながら巡回した各避難所は、寒冷地ゆえに石油ストーブなどの暖房器具は多かった。だが、多くの避難所の床は土足で汚れ、トイレは見るに堪えない状況だった。「むしろ阪神大震災より環境が後退していると思う避難所もあった」と増島は語る。

阪神大震災が起きたのも厳冬の1月。神戸市兵庫区の兵庫大開(だいかい)小では当時同校の教頭だった阿部彰(78)らが、集まった避難者への物資配給や安否確認に追われた。

一帯が停電する中、奇跡的に電気が通じた同校には一時、2千人を超える被災者が詰めかけた。暖房設備はあったものの冷え込みは厳しく、被災者は体育館や教室の床に段ボールを敷いて寒さをしのいだ。数日間は炊き出しもなく、配給のパンやおにぎりを分け合って過ごした。「みんな温かいご飯を食べたいと思っていた」。ストレスがたまったのか、配給を巡る小競り合いも起きた。

内閣府の統計によると、阪神大震災での死者は6434人で、うち約900人が長引く避難生活での身体的負担などによる「災害関連死」だったとされる。ただ、死亡統計の解析などから、実際の関連死はさらに多かったとみられる。

避難所の劣悪な環境は、関連死の大きな要因となっている。その劣悪ぶりを象徴するのがトイレだ。水が使えず不衛生な場所で用を足すのをためらい、我慢を強いられる被災者は多い。

不衛生なトイレ「同じことの繰り返し」

「夜中にトイレに起きると隣の人に迷惑がかかるから、あまり食べないし飲まないという避難者もいた」。阪神大震災の1カ月後、被災地入りした民間団体「日本トイレ協会」会長の山本耕平(69)は振り返る。

神戸の各避難所はトイレの排水管が破断するなどして使えず、仮設トイレも処理が追いつかなかった。山本は汚物が回収されるまでの「時間稼ぎ」の方法を指導して回った。「(排泄(はいせつ)の我慢は)健康に悪影響だし、最も重要な衛生管理がおろそかになっていると実感した」。ただ、1年前の能登半島でも「同じことが繰り返された」。

阪神大震災と29年後の能登半島地震を比べても、避難所のトイレ事情は何ら変わっていない。能登半島地震の直後、現地入りした民間団体「日本トイレ協会」理事の高橋未樹子(45)は、処理が追いつかず不衛生なトイレを何度も目にした。

道路の寸断などもあって、仮設トイレは必要な台数がなかなか配備されなかった。袋の中に用を足して凝固剤で固める「携帯トイレ」も多くの避難所に備蓄されていなかった。「ビニール袋に用を足して1カ所に集めたり、地面に穴を掘ったりしていた避難所もあった」と高橋は振り返る。

昨年4月の台湾地震では避難所の充実ぶりが注目されたが、なぜ日本の避難所は「劣悪」なままなのか。「避難所・避難生活学会」常任理事を務める新潟大特任教授(心臓血管外科)の榛沢(はんざわ)和彦は、国を挙げた支援体制の不備を指摘する。

海外事例基に「TKB48」を提唱

榛沢が先進例として挙げるのがイタリアだ。災害対応を専門に活動する国家機関「市民保護局」を持ち、災害時には各地の倉庫に備蓄したコンテナ式水洗トイレや大型テント、移動式キッチンなどを投入できるように備える。特に食事は「温かくおいしい食事を出す」ことに努める。榛沢は「災害時も日常と同じような生活をできるように努力している点が日本と全く違う」と話す。

諸外国の例をもとに、学会ではトイレ(T)、キッチン(K)、ベッド(B)を48時間以内に避難所に届ける「TKB48」を提唱し、各地に備蓄倉庫を設ける案を示す。政府も能登半島地震を受け、避難所で使う段ボールベッドなどの資機材を充実させるほか、自治体に備蓄状況の年1回公表を義務化する方針で、避難生活の環境改善を目指す。だが、これまでは自治体任せの部分も多く、現状の体制から脱却できるかは不透明だ。

近い将来、南海トラフ地震が発生すれば、西日本の太平洋側を中心に広範囲で未曽有の被害が想定される。石破茂政権は「事前防災の徹底」を掲げ、防災面での司令塔機能を担う防災庁設置へ準備を進めている。

榛沢も「災害省庁主導のもとで備蓄なども進めるべきだ」とし、政府の動きを見守る。ただ、「阪神大震災から30年たっても、体育館で雑魚寝する避難所の形が続く。(避難所運営を規定する)災害救助法が変わらなければ、大きくは変わらない」とも指摘した。

災害大国として備えるべき「力」は、まだ十分とは言い難い状況だ。(敬称略)=おわり

この連載は藤谷茂樹、土屋宏剛、小川恵理子、弓場珠希、秋山紀浩が担当しました。

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