自然の脅威 防災の大切さ訴え 「南三陸311メモリアル」顧問 高橋一清さん(64) 令和人国記
産経ニュース / 2024年9月15日 8時30分
東日本大震災から13年6カ月。甚大な被害を受けた宮城県南三陸町では、大震災の「象徴」で町有となった防災庁舎が、来る者に自然の脅威と防災の大切さを語り掛ける。防災庁舎を中心に整備されたのが南三陸町震災復興祈念公園。その対岸にある伝承館「南三陸311メモリアル」顧問の高橋一清さん(64)は、計画段階から「命の大切さ」を吹き込んできた。
◇
農家の気持ちで
私は生まれも、育ちも南三陸なんです。実家は海から離れた山側で養蚕や葉タバコを生産する農家で、近くには日常品を扱う小さな商店があるくらい。休みの日には(津波で流された)海側の街に行って、映画館でゴジラなどの怪獣映画を観たり、子供目線でもたくさんの物が売っているというのは楽しかった。
4人兄弟の長男。家業の手伝いで体力には自信があったので地元の公立高では柔道部に入りました。県大会・全国大会の実績から大学から声もかかったのですが、父親の「バカを言うな」の一言で断念。家業と両立できると思い、友達に誘われた町役場に就職しました。父親からは「農家の気持ちになって町のために働け」と背中を押されました。
特有の「海・里・山」
南三陸には「海・里・山」の地域性があります。海の「戸倉」、山の「入谷」という地域が合併して商業の「志津川」ができた。それぞれの帰属意識を引きずっている。その障壁をなくすため、町内の異業種団体が連携して立ち上げた「明日の志津川を考える会(ASK)」の活動を通し、町全体の課題に取り組みました。住民たちと幅広い付き合いができていたことが、大震災後の行政業務を進めるうえで大いに力になりました。
観光振興係長の時に大震災が起きました。防災庁舎ができる前は、同じ敷地に木造の本庁舎があったんです。これが昭和35年のチリ地震で流され、41人が犠牲になった。当時の科学では地球の裏側から津波が日本に来るという知見はなかった。その後、独自に津波情報を収集して住民に伝えようと防災庁舎を建てた。これは南三陸だけです。
大震災のとき、防災庁舎が流した情報は津波6メートルが62回、10メートルが4回。情報が出たときには津波が目の前で、「逃げ直す」ことはできなかった。「ドン」と揺れが来たとき、一番早く防災庁舎に駆け上がったが、まだ職員たちは集まっていなかった。近くの八幡川の水位を確認しようと外に飛び出し、防災庁舎に駆け戻った時には庁舎内は人であふれていた。それで避難所を設営するために高台の志津川中学校に向かったことで命を取り留めた。
チリ地震の時は川があふれて市街地に流れ込んだそうです。私が見たのは、津波が防潮堤から横一線に街を壊し、煙を上げて飲み込んでいく光景でした。防災庁舎も越えて町が一気に海になりました。防潮堤の一番上のアンテナに上っていた人たちは見えなかった。ただ、そこでは逃げてきた町民を人の輪で囲み、守ろうとする町職員の姿があったと聞きます。最後まで町民を守ろうとした彼らの思いを大切に伝えたい。
住み続けたい街に
町は大震災後、一変しました。私は若い世代の人たちが住み続けたいと思う街にしたいですね。浸水した市街地は住宅の建設ができないため、夜間人口がゼロになるんです。そんな場所の開発は誰もやったことがない。佐藤仁町長は「住民の意見をよく聞いて、時間をかけて作っていく」という方針だった。それで「南三陸311メモリアル」と周辺のグランドデザインは世界的な建築家、隈研吾さんに依頼しました。
メモリアルは、最後発の伝承館です。館内に遺物、遺構があるわけではありません。われわれの経験を参考に、来た方々に自分のための防災を考えていただく場所です。相手と語り合うことで、気づきを呼び覚ます。
館内には無数のさびた箱のアートが置いてあります。ここでは831人が亡くなっています。ただ、数字で人の気持ちを感じることはできない。亡くなっていった人たちには、「人生がありました」「これから生きようとする夢や希望もあった」-。そんな悲しみが一個一個の箱に入っています。一人一人の失われた命を教訓に学ばなければならない。死を無駄にしてはならないのです。(聞き手 菊池昭光)
◇
たかはし・かずきよ 昭和35年、宮城県南三陸町出身。県立志津川高(現・南三陸高)卒。南三陸高は珍しい全国公募。南三陸町役場に入り、産業振興課長、総務課長を歴任して退職。柔道五段。GPS付救命胴衣の開発に協力するなど命を守る活動を続ける。
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