犠牲の妻子へ捧げる秋の実り 輪島の千枚田ボランティア「元の姿」目指し奮闘
産経ニュース / 2024年8月31日 21時33分
日本海に面した棚田が連なる「白米(しろよね)千枚田」(石川県輪島市)を守る活動を続けてきた「白米千枚田愛耕会」副代表の出口彌祐(やすけ)さん(77)は、能登半島地震で自宅の裏山が崩れ、妻の正子さん=当時(74)=と帰省中の長男、博文さん=同(49)=を亡くした。千枚田も大きな被害を受けたが、農作業のひと時は悲しみをいくらか忘れさせてくれた。1日で地震から8カ月。実りの秋を迎えた千枚田を前に「かつての風景を取り戻したい」と誓った。(吉田智香)
8月下旬、千枚田の一角では黄色く色づいた稲穂が風に揺れていた。約4ヘクタールの斜面に、大小1004枚の棚田が連なる。元日の地震で地表に亀裂が入り、水路が壊れるといった被害を受けたが、出口さんら愛耕会のボランティアメンバーが応急処置を施し、5月には約120枚で田植えにこぎつけることができた。
顔見ぬまま荼毘
元日の午後、出口さんは輪島市渋田町の自宅を車で出て、帰省した次男(47)を迎えに行った。2人で神社に立ち寄った際に地震が発生。帰路を急ぐ途中、さらに激しい揺れに見舞われた。
自宅へと続く国道249号は土砂にふさがれ寸断。歩いて迂回(うかい)し、やっとのことでたどり着いた自宅は、崩れた裏山の土砂に巻き込まれていた。
正月には家族4人で集まり、すき焼きや煮物を食べるのが恒例だった。自宅にいた正子さんと博文さんに呼びかけたが、返事はなかった。地震直後、自宅周辺は一時孤立して捜索も難航。出口さんは車中泊などを経て金沢市に避難。2人の遺体は地震から半月後の1月16日に見つかった。
長年、保育士として働いた正子さん。自宅の畑で花を育てるのが好きで、千枚田での活動を後押ししてくれた。就職氷河期世代の博文さんは、苦労の末に見つけた職場で仕事に打ち込んでいた。普段の表情の2人を記憶にとどめておこうと、顔を見ないまま荼毘(だび)に付した。
心のよりどころ
自然の猛威が家族の運命を分けた。「人生は思うようにならない。地震の前に戻れたら」。そんな思いにさいなまれる中、心のよりどころとなったのが千枚田だった。
知人の誘いで、退職後に愛耕会の一員となって18年目。棚田は耕作機械が使えない。田植えや稲刈りは人力が頼りだが、実家の米作りを手伝った経験が役に立った。仲間や県内外から訪れる棚田の「オーナー」とともに毎年心地よい汗を流し、収穫を喜び合った。
地震の影響は大きかったが、今年も何とか千枚田の実りを見ようと、3月末には作業に通いやすいよう輪島市内のアパートに引っ越した。仲間の協力で田植えを終え、夏には草抜きに追われた。「復旧しようと一生懸命やっていると気が紛れた」と振り返る。
ただ、地震から8カ月を迎えた今も、亀裂が入ったまま手つかずの箇所が残る。元の姿を取り戻すには、長い時間がかかりそうだ。それでも季節は巡り、例年より規模は小さいながらも収穫の時を迎えることができた。「2人も見ていてくれるはず」。出口さんはそう言って空を見上げた。
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