急死の松川正則・宜野湾市長が憂いた普天間の固定化 活動家の批判も「骨ある男」の評
産経ニュース / 2024年7月26日 19時52分
沖縄県宜野湾市の松川正則市長が26日、東京都港区赤坂のビジネスホテルで亡くなっているのが見つかった。享年70。病死とみられる。松川氏が心を砕いたのは宜野湾市の住宅密集地に隣接する米軍普天間飛行場の危険性除去だった。25日も首相官邸で林芳正官房長官に対し、飛行場の跡地利用の取り組みを着実に進めるよう訴えたばかり。基地移設に関して、「現実論者」だった松川氏は地元マスコミや活動家の批判に直面する場面もあったが、政府関係者は「骨のある男」と称していた。
昭和48年に宜野湾市役所に入庁した松川氏は主に議会事務局でキャリアを積み、平成24年に市長に就任した佐喜眞淳氏に副市長として起用された。30年9月には佐喜眞氏の県知事選出馬に伴う市長選に後継候補として出馬を決意。自民党、公明党、日本維新の会の推薦を得て、共産党や社民党などでつくる「オール沖縄」が支援した候補を破って初当選した。
就任当初、普天間飛行場の名護市辺野古移設に対する賛否を明確にしなかったが、令和元年8月、容認を表明する。普天間飛行場の固定化につながりかねない懸念からだった。
当時、松川氏は記者会見で「工事が進んでいる状況で、玉城デニー知事から何らかの打開策がない以上、容認せざるを得ない」と述べ、平成16年8月の沖縄国際大(同市)に普天間飛行場のヘリコプターが墜落して15年になるのを控え、辺野古移設について「普天間飛行場の現状よりは、はるかに危険性は改善される」と強調した。令和4年9月の市長選は移設容認の立場を示した上で再選された。
平成31年2月に投開票された辺野古移設の賛否を問う県民投票を巡っては、一時期、実施そのものに反対する姿勢を示した。
30年12月、「県民投票の結果によっては普天間飛行場の固定化につながる懸念が極めて強い」として県民投票への協力を拒否する考えを会見で表明する。その後、計5市が協力を拒否する姿勢を打ち出したが、中でも松川氏は「強硬派」だった。活動家が庁舎前でハンガーストライキを行い、抗議電話が殺到しても折れなかったが、反対自治体が切り崩される中、松川氏は賛成に転じる。
県民投票は法的拘束力はないものの、「埋め立て反対」は7割を占める結果となった。ただ、賛否と「どちらでもない」の3択を問うだけで、普天間固定化を懸念する民意は反映しづらい。県民投票の結果は、辺野古移設工事を巡り玉城氏らが強硬に反対を続ける論拠となっている一方、松川氏が懸念していた普天間の危険性が除去されない状況は今も変わらない。(奥原慎平)
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