数ある間接証拠も決め手なし…「説明不能事実関係」という高きハードル ドン・ファン裁判
産経ニュース / 2024年12月13日 7時0分
「紀州のドン・ファン」と呼ばれ、覚醒剤の過剰摂取で死亡した野崎幸助さんの元妻、須藤早貴被告(28)に和歌山地裁は12日、無罪を言い渡した。実際に覚醒剤の密売人と接触するなど「殺害したと疑わせる事情」が複数あるものの、どれもが決定的とはいえないとし、「疑わしきは被告人の利益に」という刑事裁判の鉄則を厳格に適用した。
死亡推定時刻などから野崎さんが覚醒剤を摂取したのは、平成30年5月24日の午後4時50分~午後8時ごろまでの間とされる。この時間帯に死亡現場の野崎さん宅にいたのは、本人と元妻の2人のみ。野崎さんの死亡は本人自ら過剰摂取したことによる「事故」なのか、元妻に飲まされたことによる「事件」なのかについて、検察側は多数の間接証拠を提出し、事件性の立証を試みた。
元妻のスマートフォンに入っていたヘルスケアアプリの上昇動作の記録から、元妻は当日、野崎さんがいる2階と1階とを普段より多く行き来した▽野崎さんの死亡前月に薬物密売人に致死量を超える覚醒剤を注文し、実際に接触した▽事件前にインターネットで「老人 完全犯罪」「覚醒剤 過剰摂取」などと検索した-。単体では「決め手」といえない証拠であっても、それが「かつ」の関係で併存すれば推認力は高まる。検察側が目指したのは、間接証拠の「総合評価」による有罪認定だった。
もっとも、こうした間接証拠による事実認定を巡っては、最高裁が平成22年に示した「被告が犯人でないとしたならば合理的に説明がつかない」事実関係が必要、というハードルがある。
この日の和歌山地裁判決はこの判例を念頭に、検察側の間接証拠を一つ一つ検討。2階との行き来については、元妻が2階に私物を置いていたことを指摘し、検索履歴も「殺害を計画していなければ検索することがあり得ないとはいえない」と述べた。
覚醒剤の入手については、証人出廷した密売人の一人が「氷砂糖を売った」と証言したことから「間違いなく覚醒剤であったとは認定できない」と判断した。さらに野崎さんの知人女性が死亡の約1カ月前、野崎さん本人から電話で「覚醒剤やってるで」と打ち明けられたと証言したことに注目し、自ら摂取したことによる「事故」の可能性に言及。いずれの間接証拠も、被告が犯人でなくても説明がつくとして無罪の結論を導いた。
もっとも判決は、野崎さんから覚醒剤入手を依頼されたという元妻の説明を「信用できない」と退け、野崎さんが覚醒剤を常用していたとは認められないとも指摘。「初めて覚醒剤を使用した野崎さんが誤って致死量を一度に摂取した可能性」を挙げたが、野崎さんがどこから入手したかについては「人脈」を示唆するのみだった。
最高裁は犯人性の立証の程度として、「抽象的な可能性」として犯人ではない疑いがあっても、「健全な社会常識に照らしてその疑いに合理性がない」ときは有罪認定が許されるとしている。仮に検察側が控訴すれば、一連の間接証拠の総合評価の在り方が再び争点になるとみられる。(西山瑞穂)
直接証拠なし、割れる判断
本人の自白や犯行目撃証言といった直接証拠がない場合、検察側は間接証拠によって、被告が犯人であること(犯人性)を主張・立証する。例えば凶器についた指紋や、被害者の体内に残された体液のDNA型は、それが被告のものと一致するとき、犯人性を示す有力な間接証拠となる。
そうした明らかな〝決め手〟を欠くときは、間接証拠の積み上げ(数)と評価が鍵となる。最高裁は平成22年、大阪市平野区の母子殺害事件の上告審判決で、間接証拠による事実認定の基準として「被告が犯人でないとしたならば合理的に説明できない」事実関係が含まれている必要がある、と判示した。
「犯人でないとすれば合理的に説明できない」とは「被告が犯人でなくても、積み上げられた間接証拠が示す事実を、すべて説明できる」ということと同義とされる。
母子殺害事件では、現場マンションの踊り場に置かれた灰皿から、被告のDNA型と一致する吸い殻が見つかったことを柱に1審は無期懲役、2審は死刑を選択。しかし最高裁は、被告が事件以前に自分の携帯灰皿を被害者に渡したことがあると主張したことなどを踏まえ、「説明不能事実関係」が含まれていないとして、1、2審判決を破棄し、審理を差し戻した(その後、無罪確定)。
間接証拠による立証は鳥取連続不審死事件や、首都圏連続不審死事件でも争点となったが、被告以外に犯行機会がないなどとしていずれも死刑が確定した。
「犯人の証明、厳密に認める」大阪大の水谷規男教授(刑事訴訟法)
状況証拠による立証についての最高裁判例の枠組みを意識し、犯人であることの証明を厳密に求めた判決だ。
検察側は状況証拠を積み重ね、被告が犯人だという立証を相当丁寧に行ったと感じる。しかし、それぞれの状況証拠は被告が犯人でなくても一応説明できるもので、亡くなった本人が自ら摂取した可能性が残った以上、無罪という結論に達するのは理解できる。覚醒剤を飲ませた方法を、検察側が証拠に基づき指摘することができていない点も影響しただろう。
今後検察側が控訴したとしても、裁判員裁判の結論を控訴審で覆すには、1審判決が論理則・経験則に反して不合理だと指摘する必要があり、ハードルは高い。(聞き手 西山瑞穂)
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