「貯蓄から投資」の時代なのに…監視委の告発低調 今こそ求められる「市場の番人」の奮起
産経ニュース / 2025年1月4日 9時0分
投資環境の透明性を確保するため証券取引等監視委員会が検察に行う刑事告発の件数が、低調に推移している。今年度は、「貯蓄から投資へ」を掲げる経済政策推進の方針が政府から示されて迎える初年度に当たる。法務・検察関係者は「政権の方針と逆行する状況が続くことは避けたいところだ」と、危機感を募らせる。
検察改革の一環
検察が独自捜査偏重から監視委らとの連携を強化する方向へかじを切ったのは平成23年。大阪地検の証拠改竄(かいざん)事件を契機とする、検察改革の一環だった。
法務省の検察統計年報などによると、株投資を巡り検察が監視委から金融商品取引法(旧証券取引法)違反の告発を受けた件数は22年度に8件だったが、方針転換後の23年度は15件に急増。ただ24年度は7件と減り、以後も一ケタ台で推移。令和6年度は12月に入っても3件にとどまった。
証券犯罪の告発は、任意での調査や強制調査(家宅捜索)の結果に基づき、受理する地検と実施する監視委が入念に事前協議した上で行われる。
証券犯罪に詳しい弁護士は「株式投資をうたった特殊詐欺が近年増加傾向にあることを考えれば、証券犯罪が減少しているとは思えない」と話す。
「兄弟」の関係
監視委と検察との関係は深い。
4年12月に監視委のトップである委員長に就任した中原亮一氏は、平成24年7月から翌年7月まで東京地検特捜部長を務めた経済事件のエキスパート。19年7月に就任した前々任の佐渡賢一氏、28年12月に就任した前任の長谷川充弘氏も、ともに東京地検特捜部の副部長を経験している。
一方、検察ナンバー2の東京高検検事長を務める斎藤隆博氏は特捜部長の経験だけでなく、監視委への出向経験もある。法務省関係者は「検察と監視委は『兄弟のようなもの』とみている人もいる」と解説する。
東京地検特捜部が金融商品取引法違反や特別背任の罪で逮捕・起訴した日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告=海外逃亡中=が報酬を有価証券報告書に過少記載したとされる金商法事件も、監視委の告発後に特捜部が起訴している。
ただ、ゴーン被告の共犯に問われた同社元取締役のグレゴリー・ケリー被告=控訴審で公判中=の1審判決では検察が過少記載とした8年分のうち大半の7年分が無罪とされるなど、金商法事件は密室犯罪である汚職や法解釈が複雑な脱税と並び、捜査が難しい事件だ。
法務省関係者は「だからこそ特捜部の出番となるケースも多い。監視委からの告発受理件数が少ないのは、同じベクトルを向いているはずの検察からコンセンサスを得られる調査結果を、監視委側が出せなかったということではないか」と語る。
法曹界も「汚染」
貯蓄から投資へ-。平成13年に小泉純一郎内閣(当時)が初めて掲げたスローガンについて、岸田文雄内閣(同)は令和5年6月、改めて政権の最重点政策と位置付けた。
法務・検察幹部は「政府の方針かどうか以前に、株式市場を健全化させることは刑事司法の責務のはずだ」と指摘する。
こうした中で、監視委は法曹界を揺るがす事件を手掛けることになった。
インサイダー取引事件に関与したとして監視委は昨年12月23日、金商法違反の罪で金融庁に出向中の元裁判官や東京証券取引所の職員らを特捜部に告発。特捜部が同25日に在宅起訴したのだ。
裁判官の出向は法律家として広い視野を養うことが目的で、いったん検察官に転官した上で、各省庁で働くのが通例だ。
法務・検察幹部は「証券犯罪の汚染が裁判官にまで広がっていた事実に、ショックを受けた法曹関係者は少なくない」と指摘。「監視委や検察にとっても身内の不祥事といえ、一気に幕引きを図る必要があった」と打ち明けた。
「市場の番人」とも称される監視委。厳格な姿勢で成果を出すことが、今こそ求められている。(大島真生)
◇
証券取引等監視委員会 バブル経済の崩壊に伴い証券会社各社が巨額の損失補塡(ほてん)を行っていたことが発覚した平成3年の証券スキャンダルを受けて、証券業界の検査・監視機関として翌4年に発足した。米国のSEC(証券取引委員会)に対し「日本版SEC」や「SESC」と呼ばれる。現職を含め歴代5人の委員長のうち4人が検察出身。所管法令は旧証券取引法だったが、19年の改正法施行に伴い金融商品取引法となった。同法違反の主な罪名にはインサイダー(内部者)取引、相場操縦、虚偽有価証券報告書提出などがある。
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