母の遺産継ぐのは家出た長男・長女か同居次女か ドロ沼化招いた「2つの遺言」 法廷から
産経ニュース / 2024年11月26日 12時0分
家に残り介護を続けた次女、家を出た長男と長女。91歳で亡くなった母親の遺産を巡り勃発した骨肉の争いは、法廷に持ち込まれた。母親は生前、世話になった次女に不動産収入など多くの資産を託す一方、長男・長女には一部を相続させるとする遺言書を作成。だが死の直前、遺産については「3人で話し合って」とする別の文書も残していた。〝2つの遺言〟を巡り、裁判所の下した判断は-。
「実子3人のみで」
«多少の不満は自制して、速やかに分割協議が進むことを切に願っています»
令和4年1月に亡くなった母親が、最初の「遺言」をしたためたのは平成27年1月。父親は13年に死去しており、長男、長女、次女の3人の実子に宛てて手書きされたものだった。
冒頭には「遺言書」と書かれ、預貯金などの分割方法などについて詳細に記載。母親が所有するアパートとそこから発生する家賃収入などは次女が受け取り、別に母親が保有する複数の預金・証券口座などは長男と長女に相続・分与すると、丁寧な字体でつづられていた。
問題となったのは、その6年後の令和3年3月に作成された、2通目の文書だ。
«遺産および今後の資産管理は、実子3人 長女、次女、長男のみで話しあって行なってください»
分与する財産について細かく言及していた1通目と違い、文言はこれだけ。筆致に丁寧さは残るものの、文字はやや震えている。この10カ月後、母親は鬼籍に入った。
1通目は、自筆証書遺言の要件を満たした正真正銘の遺言書。にもかかわらず、2通目が書かれた意味は何だったのか。遺言書の内容を取り消し、3人で改めて遺産の配分を話し合ってほしいということか。それとも、遺言書の内容を前提に、その他の資産管理を3人で話し合ってほしいという趣旨からか-。
見解はまとまらず、次女は令和5年、長男・長女を相手取り、1通目の遺言書が有効であることの確認を求める訴訟を、東京地裁に起こした。
長く同居
1通目の遺言書に示された遺産の配分が次女と長男・長女で異なっていたのには、明確な理由があった。
長男と長女はそれぞれ20~30代で結婚、独立したが、長く独身だった次女は、両親と実家暮らしを続けていた。在宅介護の末に父親を看取り、年齢を重ねて介護が必要になっていった母親の面倒を見ていた。
1通目が書かれたのは、次女が一人で母親を介護していた時期。次女が長年同居し、親の生活を支えたことへのねぎらいの言葉とともに、そうした事情を加味し«今後一生の生活のためにも憂いないようとり計らっておきたい»と、アパートの家賃収入を次女に遺す意向が記されていた。
その後、次女は令和元年に結婚し、家を出た。ただ、平日は夫の元を離れて毎日のように実家で寝泊まりし、母親の介護に当たっていた。
義弟の「口出し」に立腹
地裁の認定によると、きょうだい間の対立が表面化したのは、令和2年3月に母親が介護施設に入って以降のことだったという。
母親の資産を管理しつつ介護費用の支払いも担っていた次女が、長男と長女に対し、費用の負担を求める可能性があると伝達。だが、長男と長女は母親の資産の状況を十分に知らされていなかったとして、不信感を強めていったという。
次女が弁護士をたてると、長女が立腹。説得のため、次女の夫が長女に手紙で事情を説明しようとすると、今度はそれを聞きつけた長男が、血のつながっていない次女の夫が口を出してきたことに腹を立てる-。事態はドロ沼化していった。
こうした不和は母親にも伝わっていた。心を痛めていたであろう母親が、遺産について«実子3人で話し合ってほしい»とする2通目の文書を作成したのは、そんな時だった。
その翌年に母親が亡くなった後も、対立は続き、争いは法廷に持ち込まれた。
「仲良く人生を」
訴訟では、1通目の遺言書の効力が、後に作成された2通目の文書によって「喪失したか否か」が争点となった。
2通目の文書について次女側は、自身にアパート収入などを相続させるとした1通目の遺言書を「撤回する趣旨ではない」と主張。これに対し、長女・長男側は「(2通目は)遺言書を書き換える趣旨で作成された」と反論した。
結局、今年11月12日に言い渡された判決では、2通目の文書は1通目の遺言書の内容を取り消すものではないとして、1通目の遺言書を「有効」とする判決を下した。
裁判官が注目したのは、2通目の文書の「シンプルさ」だった。
1通目の遺言書では自らの財産を正確に把握し分割方法を指定していた母親が、2通目ではそうした詳細な分割方法に一切言及しなかった点を指摘。母親の判断能力は2通目を作った時にも正常であり「仮に遺言を書き換える意図があれば、(2通目の)文書にその旨を記載していたはずだ」と断じた。
さらに、次女の夫が関与してきたことに長女・長男が不満を抱いていた経緯などから、2通目は母親が遺産の分割に際し「次女の夫を関与させないよう指示、希望する趣旨で作成されたと考えるのが自然」と結論づけた。
«仲良く人生を送ってください。いろいろお世話様でした。そして、本当に本当にありがとうございました»
判決が有効とした遺言書を、母親はこう締めくくっている。
ただ、不動産や複数の口座・証券…。残した資産は、きょうだいが円満に分け合うには多すぎたのかもしれない。(橘川玲奈)
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