安楽死は保険適用で無料、議論進む国の驚きの現実 家庭医が寄り添い可否を見極める 安楽死「先駆」の国オランダ(2)
産経ニュース / 2024年11月25日 8時0分
安楽死に関する国民的議論が進む欧州には、個人主義、自己決定権の尊重という価値観が根差している。一方で、2001年に世界で初めて国として安楽死を法制化したオランダでも、妥当性の判断には厳格な要件がある。
「患者による自発的で熟慮された要請であるか」
「患者に絶望的で耐え難い苦しみがあるか」
「安楽死のほかに合理的な解決策がないか」
これらをまず見極めるのが、同国の全居住者が登録するかかりつけ医の「家庭医(GP)」だ。
家庭医は地域に根差し、日ごろから住民と緊密に関わり合い、強い結びつきを築いている。原則、安楽死は家庭医が必要性を認め、かつ第三者である別の医師が患者を診察し同意した上で認められる。家庭医が拒否し、別の機関に判断を委ねるケースもあるが、例外的だ。患者は同国に居住し、健康保険に加入していることなどが前提で、故に安楽死にも保険が適用され、無料となる。
「オランダの安楽死制度では、家庭医の役割が大きい。患者は普段から、自身の最期の迎え方について家庭医と話し合っている」。同国に長年在住する通訳でジャーナリストのシャボット・あかね(76)が指摘する。だからこそ、家庭医が担う責務、負担は重い。
ためらいがある日突然、変化
「安楽死は、患者の状況を見極めるプロセスが最も大変なんです」
オランダ中部・ユトレヒト郊外で開業する家庭医、アートヤン・デ・ヨング(41)は、医師5人の診療所で約4千人の地域住民を受け持っている。最も大切にしているのは「患者との対話と信頼関係」だ。
家庭医となって11年のデ・ヨングが初めて安楽死と直面したのは8年前。脊髄の神経細胞が破壊され筋力低下を引き起こす難病「脊髄性筋萎縮症(SMA)」に苦しむ70代の女性患者だった。
女性は「最期は安楽死する」とあらかじめ意志表示していたが、病が進行しても「今じゃない」とためらいを見せていた。それが、ある日を境に変異する。
「痛みがひどく、話すのも不自由。症状は悪くなるばかり。これ以上不必要に苦しみたくない」
「助けてください、安楽死で。もう準備はできています」
心身の絶望的な苦しみが伝わった。その後、何度も質問を繰り返したが、意志に揺れはない。回答は明確で、訴えに共感もできる。デ・ヨングは「尊厳を保ちながら別れを告げる準備ができたのだ」と確信した。
ただ、余命が推察できる病と異なり、先の見えない難病や認知症などは、安楽死を行う時期の見極めが難しく、医師に判断が委ねられるケースが少なくない。デ・ヨングは「心理的負担、孤独を感じる」と吐露する。
究極的な手段
デ・ヨング自身、将来の終末期を見据えた多くの患者から「安楽死を実施してくれるのか」と問われる。実際に安楽死を行うのは年1、2回。看取る患者の一握りにすぎない。「安楽死制度は、患者に安らぎを与えるもの。やってくれる医師がいるとわかるだけで安心するんです」
医師である以上、患者を治療し、命を救いたい。けれど、それがかなわないときもある。「希望する人がいて、それが患者の助けになるのなら」。究極的な手段としての意義を理解し、葛藤をかみしめつつ日々向き合っている。=敬称略(池田祥子、小川恵理子)
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