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総裁選ポスターを楽しむ クリエーターに脱帽、注文をつけるなら モンテーニュとの対話 「随想録」を読みながら(184)

産経ニュース / 2024年8月31日 11時0分

おじさんの詰め合わせ

歴代総裁のモノクロ写真をダイナミックに並べ、その上に《時代は「誰」を求めるか? THE MATCH 自民党総裁選2024》とのコピーが躍る自民党総裁選のポスターについて、さまざまなメディアが取り上げ、さまざまな人々が、さまざまな立場から論評している。

「日本の政治の男性中心主義とジェンダー不平等を反映している」「権力闘争のにおいがぷんぷんする」「プロレス興行のポスターのようだ」「仁義なき戦いを連想してしまった」などなど。批判も含めて自民党広報本部(平井卓也本部長)は「してやったり」とほくそ笑んでいるはずだ。

論評のなかでもっとも秀逸だと私が感じたのが、TBS系の報道番組「news23」に出演していたタレントのトラウデン直美さん(25)のコメントだった。

「おじさんの詰め合わせって感じがする」

ポスターを幕の内弁当に見立てると、華やかさはなく加齢臭が漂い、とても食欲はそそられない。が、戦後の日本は、このおじさんたちによって牽引(けんいん)されもし、迷走させられもしてきたのである。このポスターはその事実を鮮やかに表現したうえで、「これまでのおじさん政治、このままでいいのか、いけないのか、それとも第三の道があるのか」と見る者に問いかけてくる。それだけではない。個々の総理総裁の写真は、それぞれの時代とその時代を生きた自分を思い出させもする。

率直に言って、かなり完成度の高いポスターだと思う。ただ、コピーについては異論がある。それはのちほど述べる。レイアウトはとてもいい。ポイントは右上の隅に小さく配された岸信介さんだ。でしゃばることなく背後霊のように全体を静かに見守っている。この場所は岸さん以外にありえない。岸さんの写真を眺めながら、その胸のうちにどんな思いが宿っているのか、想像してみるのもいいかもしれない。

忘れられぬ安倍さんの笑顔

ポスターによって引きずり出された個人的な思い出話を少し記しておきたい。

昭和32年、山口県に生まれた私が最初に総理大臣として認識した人物は佐藤栄作さんだった。白黒テレビの粗い映像を見ながら、あのぎょろっとした目でにらまれたら怖いだろうな、と子供心に感じたことを思い出す。佐藤さんは39年11月から7年8カ月にわたり政権を担った。この年月は子供にとっては、永遠と言ってもよい長さだった。その佐藤さんが47年6月、退陣会見の冒頭で吐いた言葉をよく覚えている。

「テレビカメラはどこか、国民に直接話したい、新聞記者の諸君とは話さない、帰ってくれ」

怖い印象そのままで佐藤さんは去っていった。その人がその後ノーベル平和賞を授与されるとは…。

その後を襲って登場したのが田中角栄さんだ。前任の佐藤さんのこわもてとは対照的なキャラクターを持っていた。「よっしゃ、よっしゃ」と言って片手を上げる姿は多くの国民に愛され、TBS系のドラマ「時間ですよ」に角栄さんのそっくりさんが毎回登場するほどだった。

私が新潟支局に在籍中、娘の真紀子さんが科学技術庁長官として初入閣してお国入りした。そのとき西山町(現柏崎市)の人々はちょうちん行列で彼女を迎えた。驚いたことに真紀子さんは「××さん、元気だった?」と支援者とおぼしき人々に声をかけながら駆け寄り握手して回ったのだ。なぜ角栄・真紀子父娘が選挙に強いのか、その秘密を目の当たりにした気がした。「××さん」と名前で呼びかけられれば、応援したくなるのが人情だろう。

そして誰よりも印象深いのは安倍晋三さんだ。民主党政権時代、雑誌「正論」編集長だった私は、「これが日本再生の救国内閣だ!」というアンケートを企画した。保守系の識者50人にお願いしたところ、全員がこころよく引き受けてくれた。ふたを開けると半数が安倍首相を待望していた。

果たして平成24年9月に実施された自民党総裁選で安倍さんは総裁に返り咲いた。最初の投票で石破茂さんの後塵(こうじん)を拝したが、決選投票で逆転したのだった。選挙の直後、安倍さん応援団の主要メンバーだった評論家の金美齢さんが、自宅で祝賀パーティーを開いた。安倍さんとはそれまで取材で何度かお会いしていたが、改めて握手をしながら「日本をなにとぞよろしくお願いいたします」と頭を下げると、「ありがとう。期待にそえるように頑張ります」と手を力強く握りしめながら答えてくれた。あのときの屈託のない笑顔は一生忘れることはないだろう。

性急な刷新には落とし穴が

あれやこれやと思い出しながら、かつてメーカーの宣伝部で新聞広告などを制作していた私は、今回のポスターを制作したクリエーターに脱帽したうえで、迫力ある写真を生かしながら、自分が自民党からコピーを依頼されたなら、どんな言葉を付けるか頭をひねってみた。

というのも、今回のポスターは、旧統一教会問題や派閥パーティー収入不記載問題をスルーしているからだ。あえて思い出させることはしたくなかったのだろうが、私個人はいまもこだわっている。

コピーのヒントを求めてモンテーニュの『エセー』をめくる。第3巻第9章「すべて空なること」にこうある。

《およそ革新くらい国家を苦しめるものはない。変更だけでも不正と圧制とを産み出すに十分なのである。どこかの一部分がはずれたら、つっかえ棒をかうがよろしい》

《我々はたくさんの実例によって、社会はふつう、直されてかえって悪くなることを知っている》(関根秀雄訳)

保守主義者を自任する私は、この言葉に深くうなずく。ポスターで「刷新」という自民党に不信感を募らせる国民にとって響きのよい言葉を安易に使わなかったのは、保守政党の見識だと思う(現実にはこの言葉が歴代総裁を否定することになると考えたのかもしれないが…)。性急な刷新には必ず落とし穴があるからだ。

ただ、《時代は「誰」を求めるか?》というコピーについては、「ずいぶん格好つけた物言いだな。そんな口を利く前に、何かひと言あってもいいだろう」と思うのだ。

そうして三流の宣伝マンだった私がひねり出したコピーはこうだ。

《驕(おご)りよさらば THE MATCH 自民党総裁選2024》(桑原聡)

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