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<朝晴れエッセー>複眼

産経ニュース / 2024年10月2日 5時0分

オニヤンマが落ちてきた。登山を終え、立ち寄った麓の定食屋である。料理の到着を待つ私の目の前に、図鑑通りの立派なオニヤンマが落ちてきた。

降参したと言わんばかりのあおむけである。針金のような脚がひくひく動き、迷路じみた網目の羽が思い出したように震える。瀕死である。窓の外へ移すべきだろうが、触れた途端爆(は)ぜてしまいそうで、見つめることしかできない。

「おやおや」と立ち上がったのは隣のテーブルの年配男性だった。おもむろにハンカチを取り出すと、流れるようにオニヤンマをつかむ。「あ、ありがとうございます」。胸をなでおろした瞬間、その男性は手の中のものを私の目の前に突き出した。

「眼が綺麗な緑色でしょう」。果たしてその通りだった。オニヤンマの眼の色としか言いようのない緑である。「本当ですね」。男性が手を開くと、オニヤンマは身震いひとつ、生き返ったように飛び去った。

瀕死だと思いながら、動き出すのが怖かった。自分のハンカチを取り出せる人がいること、眼の緑を綺麗だと思うこと。見えて初めて、見えていなかったものに気が付く。窓の外は荘厳な北アルプスの山々である。

ぽかんと空いたテーブルに、豚の生姜焼き定食がやってきた。

福島さわ香(31) 愛知県春日井市

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