芥川賞は初回投票で2作上位 評価分かれた麻布競馬場作品 第171回芥川賞・直木賞講評
産経ニュース / 2024年7月31日 7時0分
第171回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が17日、東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれ、芥川賞は朝比奈秋さん(43)の「サンショウウオの四十九日」(新潮5月号)と松永K三蔵さん(44)の「バリ山行」(群像3月号)に、直木賞は一穂ミチさん(46)の「ツミデミック」(光文社)にそれぞれ決まった。選考会での講評を紹介する。
文学的野心に満ちている
約2時間の選考を振り返ったのは、新任の川上未映子選考委員。候補作は「趣向もスタイルもまったく違うが、〝せめぎあい〟のテーマが通底していた」5作品。最初の投票で朝比奈作品、松永作品の順に票を集め、両作を中心に議論されたという。
朝比奈作品は、一つの体に顔や臓器などが半分ずつ結合した結合双生児の姉妹が主人公。「文学的な野心に満ちていて挑戦があり、それがあるレベルで達成されている」と大半が支持。「いくらでも深刻に書けるなかでちょっと明るさをもって描くことにも成功している」との見方も示した。
松永作品は、道なき道を登る山行にのめり込む会社員を描く。「登場人物の造形、登山の描写に説得力があり、自然の描写が見事。書くべきものを地に足をつけた筆致で書いている」。さらに、「小説は言葉の芸術、とくに芥川賞はそうなので、描写力が高く評価された」と付け加えた。
2回目の投票では両作の票がほぼ並び、「2作授賞がふさわしい」となった。
他の候補作では、坂崎かおるさん(39)の「海岸通り」(文学界2月号)は、海辺の老人ホームが舞台の交流物語。「センスや描写」に好感も、「インパクトが物足りない」との指摘もあった。
向坂くじらさん(30)の「いなくなくならなくならないで」(文芸夏季号)は、死んだはずの親友と再会後の日々を描く。文体や躍動感は評価されつつ、「課題を詰め込みすぎた」との意見もあった。
尾崎世界観さん(39)の「転の声」(文学界6月号)は〝転売ヤー〟と音楽業界の狂騒譚。非常に面白く読んだという声が続出したが、「リアリティーの作り込みにもう一手必要だった」との声もあり、受賞には至らなかった。
人々の感情の書き分け見事
約2時間半の選考。三浦しをん選考委員が、1回の投票で一穂作品と麻布競馬場さん(32)の「令和元年の人生ゲーム」(文芸春秋)との2作に絞られ、票数や強く推す委員の多い一穂作品に決まったと議論の経過を説明した。
受賞作は新型コロナウイルス禍を背景にした犯罪小説集。「短編集としての味わいが各編バラエティーに富み、大変な状況に置かれた人の暮らしや感情が見事に書き分けられている」と評価された。
一方、麻布競馬場作品は推す委員と全く推さない委員にはっきり分かれた。同作はシェアハウス生活で〝正義〟を渇望する大学生ら、平成末期から令和の若者を描いた連作短編集。「いつの時代も若者には純粋な思いと焦りや苦悩がある。何が令和で新しいのか分からない」といった批判的意見があったという。
2人とも顔を公表していないが、三浦委員は「作品だけを楽しんでもらいたいと考える方は当然いる」と肯定した。
受賞を逃した青崎有吾さん(33)の「地雷グリコ」(KADOKAWA)は、天才高校生たちが頭脳バトルに火花を散らす連作短編集。「いろいろなゲームが面白い」との評価がある一方、「図解に逃げず文章で描写すべきだ」といった意見もあった。
在野の博物学者、南方熊楠を描く歴史小説に挑んだ岩井圭也さん(37)の「われは熊楠」(文芸春秋)は、若干薄味で駆け足になっており「ダイジェスト版のようだ」という感想が多かった。
柚木麻子さん(42)の「あいにくあんたのためじゃない」(新潮社)は、無自覚に加害したラーメン評論家が報復される話などの短編集。作者の考えが伝わるものの、「短編としてのそれぞれの完成度がやや弱い」との意見もあったとした。
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