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<朝晴れエッセー>大きな栗の木の下で

産経ニュース / 2024年11月22日 5時0分

子供の頃、私はたいへん臆病で、初めての場所を恐れた。幼稚園の初日、私は園から逃げ出し大騒ぎになった。2日目、一緒に幼稚園まで来てしばらく様子を見ていた母が帰ると私は泣きわめいた。3日目も同じで、母は私の幼稚園通いを諦め、小学校に行けるのかと危ぶんだ。

小学校入学式の日。担任の先生のオルガンに合わせて、みんなが幼稚園で習っていたであろう童謡を歌った。私はどの歌ひとつも歌えなかった。ある歌で、みんなは両手を交差させて両肩につけ、頭を左右に傾けて踊りながらうたった。

ひとりきょとんとした私が、教室後方で他の父母と立ち並んでいた母を見ると、母も悲しそうな顔をして私を見た。

私は勉強も遅れがちになり、母の不安をより大きくさせた。放課後に補習をしてくれた担任の若い女先生の優しさのおかげで、私はだんだんと学校生活になじんで、勉強も追いつき、私と母の恐れは消えていった。

60年あまりたったある日、部屋でラジオを聴いていると童謡がかかった。「あぁ、あのときの歌だ」と、みんなの踊る姿を思い出した私は、両手を肩に当てる動作をやってみようと思ったが、恥ずかしくてできなかった。

部屋には私ひとりだけだったけれど。

渡辺誠二(68) 北九州市八幡西区

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