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デビュー30周年も「いまだに新人」妖怪誕生前夜の虫描く 京極夏彦さん新刊「病葉草紙」

産経ニュース / 2024年9月3日 19時8分

『病葉草紙』の表紙

和服姿に指ぬきの革手袋をはめ、紫煙をくゆらせながら言葉を探る。「いまだに駆け出し、新人だという気持ちですね」。新刊『病葉(わくらば)草紙』(文芸春秋)を刊行した作家の京極夏彦さん(61)は、今年デビュー30周年を迎えた。数々の妖怪小説をものしてきた著者がモチーフに選んだのは、人間の体内に巣くう「虫」。妖怪という概念の誕生前夜である江戸中期の貧乏長屋で繰り広げられる、今も昔も変わらない人間の心の機微を描いた。

「僕はお化け(妖怪)が専門だろうと思われているけど、この時代の認識で鬼や天狗を書いても、現代のお化けとはだいぶ離れちゃう。それなら虫の方が近いかなと」

小説の舞台は老中・田沼意次が失脚した天明の頃。江戸・因幡町で長屋の大家の息子である藤介は所帯も定職も持たず、店子たちの見回りに日々余念がない。祖父を殺したという孫娘や、左官の浮気を疑う女房など、長屋の周辺で持ち上がる騒動を解決するのは、変わり者の本草学者の久瀬棠庵。棠庵はトラブルの原因を「虫ですね」と断言しておきながら、持ち前の観察眼を働かせて真相を明らかにしていく。

織田信長が天下統一に向けて動いていた永禄11(1568)年に書かれた鍼灸治療の指南書『針聞書』には、人間の体内で病気を引き起こす想像上の「虫」たちが描かれている。「馬癇」(馬)や「頓死肝虫」(蛇)といった一見して動物に着想を得たと分かるものもあれば、「気積(きしゃく)」や「脾臓虫」など何がモデルか分からないものも。間延びしたフォルムはどこかユーモラスでもある。

だが、棠庵自身はあくまでこれらの虫を「方便」として使っているだけで、その実在を信じてはいない。

「当時はまだ妖怪という概念も確立していない時代。虫を信じる人もいれば、信じない人もいたかもしれないというはざまで、棠庵は時代性に関係なくものごとを見ている」

浮世離れした生活を送る棠庵は「人の心や気持ちはきちんと計れない」と人付き合いに苦手意識を持っており、藤介とのとぼけた掛け合いはミステリーものに登場する名探偵と相棒の関係も思わせる。

「江戸時代での連作短編といえば人情ものだけど、これは人情が分からないという話。ミステリーではなく、サゲ(落ち)がある落語として書いている。謎が解けるという構造よりも、ごちゃごちゃした掛け合いの方が本質に近い」

平成6年に初めての長編推理小説『姑獲鳥の夏』を講談社に持ち込み、いきなりデビューした。「小説の勉強をしたこともないから、いまだにどうやって書けばいいのかよくわからない。日々模索していますから」。昨年からは直木賞の選考委員も務め、今や押しも押されもせぬ文壇の重鎮だが、創作にかける思いは若々しいままだ。

一見定型的な登場人物たちも、読み進めるにつれてそれぞれの「欠けた部分」が浮かび上がる。人体に巣くって病気を引き起こす虫はフィクションだと片付けられても、人間の心に穴をあけて「病葉」にしてしまう虫は現代にも潜む。

「棠庵は思い込みを持たないように努力している人。むしろ思い込みにとらわれているのは藤介の方で、自分が欠けていることにも気づいていない」と現代人にも共通する病理があるという。

「僕は30年間流されるままに、できることをできる範囲でやっていたらこうなっていた。『自分にはできない』という思い込みは捨てたほうがいい」(村嶋和樹)

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