「舟越桂 森へ行く日」 人へのまなざしと出合う旅 彫刻の森美術館開館55周年で開催中
産経ニュース / 2024年8月21日 7時0分
野外美術館として親しまれている神奈川県箱根町の「彫刻の森美術館」本館ギャラリーで、静謐なたたずまいの木彫半身像で知られる彫刻家、舟越桂(今年3月に72歳で死去)の展覧会「舟越桂 森へ行く日」が開かれている。同館の開館55周年を記念して企画され、当初は新作が作られる予定だったが、舟越の体調がすぐれず断念。最期まで本展の実現を望んでいた作家本人の遺志と遺族の意向を尊重して開催に至った。
絶作の展示も
会場は4つの展示室で構成され、作品の変遷や創作の源となる舟越の視線に迫る。立体22点、平面35点などが展示。展示室1では舟越のアトリエの一部が再現され、生涯手放すことなく実際のアトリエに大切に保管されていた代表作「妻の肖像」(1979-80年)が置かれている。
絶作とされる「立てかけ風景画」も展示されている。闘病中、病室の窓から見える雲にインスピレーションを受け、ティッシュペーパーの箱に描いたドローイングの数々。それらをヨーグルトのカップで作った台に立てかけ眺めていたという。
舟越は生涯を通じて、人間とは何かを問い続けた彫刻家だった。展示室2では「人は山ほどに大きな存在なのだ」と感じた体験から生まれた彫刻「山と水の間に」(98年)など、人間に対する舟越の視線が感じられる作品に出合える。
展示室3は、舟越本人が「心象人物」と名付けた人間の存在をテーマにさまざまに変容を遂げる作品群が紹介されている。本展のポスターやチラシに使われた「樹の水の音」(2019年)は、女性性と生命の潮流を感覚的に具現化した作品という。
森の中に迷い込んだ不安と、木に囲まれ癒やされるような心地良さという別々の感覚が共存し、木に触れて耳をすませば木の中の水の流れが聞こえてくるような感じを表現したとされる。
スフィンクスの表情
人間同士の醜い争いを黙って見つめる存在として両性具有の身体と長い耳を持った像「スフィンクス」を表現したシリーズも展示されている。これらの作品はイラク戦争(2003~11年)に触発されて制作されたという。
舟越といえば、大理石の目が遠くを見つめるまなざしに、あまり表情のない顔が特徴的だ。しかし「戦争をみるスフィンクスⅡ」(06年)は激しい表情をむき出しにしている。
本展の担当学芸員、黒河内卓郎氏は「舟越さんの作品の中では珍しくメッセージ性の強いものになっている。人間が同じ種族である人間を傷つけることをやめようとしないのは何なんだろうという舟越さんの思いが表現されているのでは」と話す。
展示室4は、舟越が作品の制作過程で出た木っ端などを使い、家族のために作った「木っ端の家」や「クラシックカー」などのおもちゃが展示。そして入院中に描き続けた創作のイメージデッサンや、亡くなる数日前に自ら語った創作の源といえる貴重な内容も映像で紹介されている。
舟越は生前、こんな言葉を残している。
「遠い目の人がいる。
自分の中を見つめているような遠い目をしている人がときどきいる。
もっとも遠いものとは、自分自身なのかもしれない」(創作メモから)
11月4日まで。一般2000円。問い合わせは同美術館(0460・82・1161)。(水沼啓子)
ふなこし・かつら 昭和26年、岩手県生まれ。50年に東京造形大彫刻科を卒業し、52年、東京芸大大学院修了。平成7年、中原悌二郎賞優秀賞。9年、平櫛田中賞。23年、紫綬褒章。父親は彫刻家、舟越保武。
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