1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. カルチャー

追悼・新川和江さん 人間の本質見抜く感性、終生持ち続け 「朝の詩」選者、八木幹夫さん

産経ニュース / 2024年8月28日 7時0分

昭和57年から36年にわたって「朝の詩」選者を務めた詩人、新川和江さん(平成24年撮影)

新川和江さんに直接お会いしたのはもう25年以上前、現代詩人会で行われた新川さんの講演を聞きにいったときのことだ。会場の後方に座っていた私を横でつつく人がいて、「ほら、今、八木さんのことを新川さんが話しているわよ」と教えてくれた。ウトウトしかけていた私はハッとして遠くのお顔を見たが、話の内容はわからない。その後に開かれた懇親会で初めて新川さんと対面した。

「あなたの詩集を読ませていただいて、失礼ながらおかしくて笑ったわ。詩で笑えるなんて面白いわねえ」

当時、公立中学校の英語教師をしていた私は、彼女の詩が国語教科書に掲載され、多くの女性に勇気を与えている詩人だと知ってはいたが、率直にいえば作品はあまり読んでいなかった。遅ればせながらこれを機会に作品を次々に読んでみた。観念的であることをそっとずらすことができる、実に巧みな、しかも自然な流れを感じさせる詩。といって物や事象につきすぎてもいない。

× ×

新川さんは昭和58年に季刊詩誌「現代詩ラ・メール」を吉原幸子さんと創刊した。当時は男性詩人が戦後の打ちひしがれた苦境を歌う観念的な詩作が多く、「愛の賛歌」を歌う詩人はほとんどいなかった。ラ・メールからは若い女性詩人たちが何人も育った。新川さんらが男性優位の詩壇に風穴をあけた功績といえる。さながら明治期の与謝野鉄幹・晶子が起こした「明星」のムーブメントだった。

吉原さんの挑戦的な詩とは少し趣がちがい、新川さんの詩は日常生活からくみ取るやさしい視点や自然をおおらかに歌いとても魅力があった。

平成22年にみそ製造会社、ハナマルキが実施する「おかあさんの詩コンクール」の選者にさそわれた。入選作をまとめた「詩集おかあさん」のあとがきに、新川さんはこんなことを書いていた。

「詩は頭で考えてつくるものだと、考えられています。言葉を選んだりするのに、もちろん頭もなくては困りますが、それよりも先に、目や耳や鼻や舌や、肌がどう感じたか―が、大事なのです。詩は体ぜんたいで書くもので、その中心に<心>があります。ですから、言葉をわずかしか知らない幼稚園児でも、頭でっかちになった大人には書けない、すばらしい詩をつくることが、できるのです」

引用した言葉には子供だけでなく大人が詩を書くときのあるべき姿も示されており、この印象的な発言は選考後の雑談の中でもたびたび聞くことができた。また、戦中の日本の姿を振り返り、「過度の規律、直立不動、自由をしばるもの、硬直」にはとても警戒心をもたれ、ユーモアや笑いのある世界を大切にすべきだとよく話していた。

× ×

新川さんを直接知ってから私はますます好きになった。彼女の詩には戦中戦後を生き抜いた鍛えられた優雅さと気品がある。人間の本質を見抜く感性の直感を終生お持ちだった。

「朝の詩」の掲載作品にふれて厳しい選者の目も持っていた。私にこんなことを打ち明けたことがある。

「投稿者の中には自分が常連になると他の方の作品をどこかで小ばかにするような方がいます。これはいけません。作品は稚拙でも詩を書こうとする気高い行為を認めることが大切。うまい、へたは二の次です。詩を書く品格を失ってはいけません」

選者として、この言葉を引き継いでいきたいと思っている。

新川さんのご冥福をお祈りするとともに、たくさんのことを学ばせていただいたことを感謝している。空の上から「朝の詩」を見守っていてください。(寄稿)

新川和江さんは10日、急性心筋梗塞のため、95歳で死去した。

やぎ・みきお 昭和22年、神奈川県生まれ。明治学院大英文学科卒。在学中、英米詩研究者の新倉俊一に師事し、中学校の英語教師や大学院の非常勤講師を務めながら詩作を続けた。平成7年、詩集「野菜畑のソクラテス」で現代詩花椿賞、芸術選奨文部大臣新人賞を受賞。30年10月から「朝の詩」選者。

「朝の詩が大好きでした」

新川和江さんは平成30年9月、「朝の詩」選者を退くにあたり、産経新聞に以下の談話を寄せた。

昭和57年8月1日以来、主婦、ご隠居、学生、定年間際の会社員、トラックの運転手さん、理容師、寝たきりのお年寄り、エトセトラ…。それまで詩とは無縁だった人たちが、突如、ペンを握って悩み始めた―。朝の詩の開始は、ちょっとした愉快な事件でした。

以来、36年。初回から欠かさず届く投稿者もいれば、毎月初めて見るお名前に出会う。庭の石蕗(つわぶき)からガマガエルがのっそり現れる時期だけガマガエルの詩を書く老婦人も。それぞれの生活がいきいきと描き出された作品ばかりでした。徹夜で一気に選ぶとき、不思議と詩が心に入ってきます。お宅に伺ったことはないのに家族構成から飼い犬の様子、庭の木まで浮かび、私が向かい合ったのは詩の作者、読者の皆さんでした。健やかな精神と輝きが朝の詩にはあります。

8月、熱中症で体調を崩し、床で過ごすことが多くなりました。紙面ではお別れの時ですが、次の選者、八木さんは家庭菜園の畑のトマトを5粒、サヤエンドウ10莢(さや)を採っては新鮮なうちに食卓へ。そんな感性の持ち主がどんな詩を選ぶのか楽しみです。皆さん、長い間ほんとうにありがとうございました。朝の詩が大好きでした。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください