「もう生きられない」パーキンソン病の夫の決断 家庭医NOでも第2の選択で安楽死へ 安楽死「先駆」の国オランダ(3)
産経ニュース / 2024年11月26日 8時0分
夫の命日を翌日に控えた今年9月3日、オランダ東部・ドイツ国境に近いウルフトで暮らすティニー・パルム(67)は、2人で駆け抜けた日々を追想していた。最愛の伴侶、マーティンが66歳で旅立ったのは2020年。かかりつけの家庭医に安楽死を拒まれ、「第2の選択」に頼って意志を貫いた。
「もう無理だ、生きられない」。台所にいた妻に、思い詰めた表情で近づいた夫が告げた。同年4月28日、突然のことだった。
2歳年上で銀行員だった夫は02年、48歳でパーキンソン病と診断された。右側の手足の動きが不自由になり、次第に認知機能も低下。10年には認知症と診断された。
膀胱(ぼうこう)の疾患で夜中頻繁にトイレに起き、眠ると悪夢にうなされ、叫ぶ。目も患い本を読むこともできず、日中は疲れ切ってただ椅子に座っている。15年、17年と相次いで生まれた待望の孫とふれ合うこともできない。
「彼の宣告は、とても衝撃的でした。私たちは18年間病と向き合ってきて、一生支え合うと考えていましたから。でも、彼は限界だったのです」
安楽死を求める人々の「セーフティーネット」
夫の決意を受け、家庭医と複数回面談した。当時は新型コロナウイルス禍のさなか。マスクで表情がわかりにくい上、日によって体調に良しあしがあり、限られた診察時間では日常の苦しみがなかなか伝わらない。
「認知症で意志表示ができない」。家庭医はそう最終判断し、安楽死に同意しなかった。「耐え難い苦痛は明白なのに。なぜわかってもらえないのか」。途方に暮れた夫妻がドアをたたいたのが、「安楽死専門センター(EE)」だった。
EEは医師らスタッフ160人体制の独立機関。家庭医が不同意とした案件などの妥当性を改めて判断する。公的機関「安楽死審査委員会(RTE)」によると、23年の安楽死9068件のうち、家庭医によるものが79・9%(7249件)だったのに対し、14・1%(1277件)はEEが携わった。EEのホームページには、安楽死に関して助けを求める人々の「セーフティーネット」と記されている。
夫妻が初めてEEの医師と面談したのは20年6月。「夫は30分にわたり、自分の言葉で病状や安楽死を要請する理由を伝えることができました」。医師は切実な訴えに理解を示した。以降、複数の医師が夫の意志や安楽死に向けたプロセスを確認。EE以外の第三者の医師も面談し、安楽死に同意した。
死の直前、夫の穏やかな表情
20年9月4日、夫は寝室で妻と3人の子供に見守られながら、医師の点滴を受け、安らかに眠った。子供にも夫は個別に決断を説明、理解を得ていた。
あれから4年。自宅の居間で静かに回想する妻を、夫の遺影が見守る。死亡する直前に撮影されたものだが、穏やかな表情が印象的だ。「最後の2週間、夫は肩の荷が下りて、自由になったようでした」
実は安楽死を決意した頃、家族の負担を懸念したケアマネジャーの勧めで、夫が老人ホームに入る話が進んでいた。
「彼は行きたくなかったし、私もできることなら行ってほしくなかった」。だからこそ、夫は固く意志を貫いたのかもしれない。妻は夫の思いやりをかみしめる。
「安楽死(し)なければ彼は今も生きていただろうけれど、瀕(ひん)死しの小鳥のように老人ホームでただ生きているだけだった。彼が耐えられなくなった時期に最期を迎えられたことに安堵(あんど)しています」=敬称略(池田祥子、小川恵理子)
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