脳を知る 全身麻酔 華岡青洲の初成功から220年
産経ニュース / 2025年1月6日 7時0分
文化元(1804)年10月13日、和歌山県紀の川市で医聖と称される華岡青洲が世界で初めて全身麻酔を行い乳がんの摘出手術を行いました。そのときに使用された麻酔薬である「通仙散(麻沸散)」は、青洲が種々の薬草を配合し独自に開発したものです。西洋では1846年にアメリカでエーテルを使用した手術が初めての全身麻酔手術とされています。ここ和歌山県で200年以上前に、しかも西洋より40年以上も前に世界初の全身麻酔手術が行われたことは名誉なことです。
一口に全身麻酔といっても、手術中の意識や記憶、痛みをなくし、さらに手術後には意識を完全に戻さなければなりません。そのためには麻酔薬の役割が重要となります。
麻酔薬は意識や感覚、思考などの重要な役割を担う大脳皮質、さらに記憶形成に関わる海馬、また感覚情報を送る中継地点である視床の働きを抑えることで、外からの刺激を大脳皮質に届かなくさせます。具体的には麻酔薬が神経活動を抑える物質であるGABAの働きを促進させることで、脳全体の神経活動が抑えられ、意識や記憶がなくなり痛みの感覚が遮断されます。
さらに全身麻酔中は筋弛緩薬(きんしかんやく)を投与することで、筋肉をリラックスさせ、手術を容易に行えるようにします。ただし呼吸に関わる筋肉も抑えられるので気管にチューブを挿入し、人工呼吸器を用いて呼吸状態を維持します。
麻酔科の医師は麻酔薬や筋弛緩薬を調節することで、全身麻酔中は意識や痛みを感じない状態を保ち、安全に手術が行えるようにしています。この作用は一時的で、麻酔が完全に抜けると意識状態、記憶機能が回復します。手術が終わると、麻酔科の医師は全身麻酔を終了させます。その際、患者が筋肉が弛緩している状態から脱却し、意識状態、呼吸状態が安全に回復していることを確認してから、患者を手術室から病室に戻します。患者が手術直後の記憶があやふやなことがあります。これは記憶を担う海馬の働きがまだ戻り切っていないからです。しかし時間がたつと海馬の活動は完全回復し、通常の記憶形成が可能になります。
青洲は20年以上麻酔薬の研究を行い、最終的にチョウセンアサガオ、トリカブトやトウキなど、種々の薬草を配合した通仙散を開発し、全身麻酔に成功しました。紀の川市にある道の駅「青洲の里」には、青洲が診療を行い門人に指導を行っていた「春林軒」が現存しています。皆さまもぜひ訪れて青洲の歴史的偉業に触れ、当時ここで青洲が診療していたという思いにはせていただければと思います。
(公立那賀病院副院長 脳神経外科 藤田浩二)
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