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「素晴らしい旅へ」注射30分で息引き取る、68歳で安楽死した認知症妻 夫「救われた」 安楽死「先駆」の国オランダ(1)

産経ニュース / 2024年11月24日 8時0分

日本をはじめ世界的に高齢化が進む中、尊厳を貫く手段としての安楽死をどう考えるか。第1部は、世界で初めて国として法制化したオランダの実情を見つめ、人々の思いや課題を考察する。

「彼女なしでは辛い。だけど、これでよかったんです。彼女の苦しみは安楽死によって救われた。後悔はありません」

オランダの首都アムステルダムの南西約110キロ。海辺の町で暮らすヤープ・デ・フロート(72)は、ほほ笑む妻の写真を眺めながら静かに語った。アルツハイマー型認知症だった妻のヘティは2023年1月16日、68歳で安楽死した。

その日。夫妻は親族らとレストランで昼食をとった後、手をつなぎ自宅まで歩いた。「これが最後だと思うと不思議な気持ちでした」

午後2時、来訪した主治医と寝室へ。ヘティは安楽死の意志を確認する医師の最後の問いかけにもしっかり「はい」と答えた。ヤープは、ベッドに横たわる妻の手を握り、声をかける。「素晴らしい旅を」。永眠のための注射が打たれ、約30分後、ヘティは安らかに息を引き取った。

子供はなく、ヤープは今、2人の結婚指輪を作り替えた2つの輪が重なるペンダントを手元に、思い出が残る家で一人暮らしている。

「決定できなくなる苦痛」

優しく好奇心旺盛な妻に異変が現れたのは、結婚40周年を迎えた19年。頻繁に物忘れをする、外出先で待ち合わせ時間に戻らない。そうしたことがいくつか重なった。

妻は同年、夫を代理人とし、安楽死の決定権は主治医に委ねるとした。21年、認知症と診断され、事前書面の作成に取り掛かる。意志表示ができなくなる日のためだった。

《自分で自分の人生を決定できなくなることは耐えられない苦痛》

認知症の自分がなるであろう姿を切々とつづり、決して望まないとした上で、訴えた。

《夫の妻でもいられない。夫とともに過ごし、人生の決断をしてきた。それができないならば、安楽死を求めます》

主治医は定期的に意志を確認したが、症状が進んでも決意は揺るがなかった。22年には会話もままならなくなり、同年11月、主治医は実施を判断。セカンドオピニオンとして第三者の医師も自宅を訪れ、同意した。

膨らむ国民的議論

欧州では2001年のオランダをはじめベルギー、スペインなどで安楽死が法制化され、ニュージーランド、米国や豪州の一部の州でも導入された。フランスでは今年、政局の余波で法案採決が流れたが、英国では10月16日、イングランドとウェールズで安楽死を選ぶ権利を認める法案が下院に提出され、今月29日に1回目の採決が予定される。

尊厳を持って最期を迎える選択肢を求める推進派に対し、自らのことで負担をかけたくない高齢者らの圧力となると懸念する反対派。賛否に揺れるが、少なくとも欧州のこうした国々には、安楽死の是非に正面から向き合う国民的議論がある。

「自分自身の死を見つめる勇気を想像してください。僕は彼女の勇気を誇りに思う」。ヤープは妻の決断に敬意を払う。それでも、かけがえのない存在だった。「今振り返ると、もっと彼女の世話をしたかった。僕のエゴだけれど…」。互いに納得した上で迎えた死だったが、今も涙があふれる。

法制化を先導

貿易都市として栄えたオランダの首都アムステルダム。街に張り巡らされた運河沿いの一画にオフィスを構える「オランダ自発的安楽死協会(NVVE)」は、同国が世界に先駆けて取り組んだ安楽死の法制化議論に深くかかわってきた。

「私たちはいつ、どこで、どのように死ぬかを自分で決めたい。死の選択の自由の実現を目指してきた」。1973年に設立され、現在は17万4千の会員を束ねる会長、フランシン・ファン・テ・ベイク(47)が説明する。

オランダでの本格的な検討は70年代に始まった。苦痛のあまり死を望む母に医師が致死薬を投与して死なせた「ポストマ事件」を契機に、国民的議論に発展。2001年、通称・安楽死法が可決し、翌年施行された。

23年に実施された安楽死は9068件。60代以上が89・6%を占める。疾患別では、がん(56%)、ALS(筋萎縮性側索硬化症)など神経系難病(6・6%)のほか、認知症(3・7%)、精神疾患(1・5%)も対象とされる。

安楽死の要件の一つである「患者の耐え難い苦痛」について、身体的か精神的かは問わない。認知症を巡っては、20年に最高裁が「患者が判断能力を有していた時期に作成した事前指示書があれば、医師は訴追されない」と明示している。

87%が安楽死支持

19年に公表された世論調査では、成人したオランダ国民の87%が「特定の状況下では安楽死が可能であるべき」と支持した。一方で、風潮に流れない活動もある。

アムステルダム市内で末期がん患者らを受け入れるホスピス「クリア」。白壁に囲まれた10畳ほどの部屋にベッドやソファ、観葉植物が置かれ、大きな窓に面した公園から子供たちのにぎやかな声が聞こえてくる。

1992年にキリスト教会が母体となって設立され、現在は、余命数カ月と診断された患者10人が入居する。平均年齢は73歳。国籍や宗教はさまざまだ。

「命は神に与えられたもの」との理由から安楽死は行わない。「私たちは穏やかに最期を迎えられるケアをする」と、ケアマネジャーのアリヤン・ファン・ビンスベルヘン(56)。自身も安楽死には反対の立場だ。

施設が目指すのは、入居者ごとの生活リズムに合わせた、最期まで可能な限り快適で尊厳のある暮らしの提供だ。痛み止めが効かない患者には、緩和ケアの一環として医療用麻薬も使用する。「死期を早めるわけではなく、あくまで苦痛をとるためのもの。入居者は自然に死を迎えます」

国民支持「厳格な条件」が担保

オランダの安楽死件数は、法施行直後の2002年の1882件から、23年には約4・8倍に増えた。ただ、全死者数に占める安楽死の割合は、02年で1・3%、23年でも5・4%だ。

法制度の存在は、実際に用いるかどうかとは別に、安楽死を是認する人には一種の安心感を与える。もとより同国では、安楽死に賛成か反対かを問わず、人々は「最期の尊厳」を重視している。

また、スイスなどでは医師らが処方した致死薬を患者が摂取する自殺幇助(ほうじょ)が定着しているが、安楽死を定める法律はなく、刑法上の解釈を根拠としている。対して、安楽死を法制化したオランダは、一定の規律を担保しているといえる。

NVVEのファン・テ・ベイクは言う。「オランダでは安楽死ですぐに死ねると海外で伝えられることもあるが、私たちの制度は厳格な条件の下で実施されている。安楽死はオランダ国民の大多数に社会的に受け入れられているのです」=敬称略(池田祥子、小川恵理子)

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