脳出血で一時は失語症に…うまく発話もできず 見えない障害と右半身麻痺の慣れない身体 脳卒中サバイバー記者
産経ニュース / 2024年12月2日 8時0分
入院してしばらくは気力が高まらなかったが、1日3回程度、リハビリの時間があったりして、わりに気ぜわしく過ごしていた。
令和元年12月末、仕事中に倒れ入院していた。診断は脳出血で右半身まひ。右手、右足が動かず、このときは車いす生活だった。当時は46歳。身体の不自由はそれなりに大変で、慣れない体に困惑しながら入院生活を送っていた。今回は発症後1カ月の話だ。
ベッドの上で起き上がる動作をするのも一苦労。右手は動かないので手の位置を変えようとすると、その都度、左手で右手を動かさないといけない。
食事も左手。右手が利き手だったので食事をとるのも結構いらいらする。左手での箸の使い方も慣れておらず、少しこぼしながら何とか口に運んでいた。
病気になったことで落ち込んではいたが、回復のために努力したいという前向きな気持ちもあって、普段通りの心持ちを維持できていると思っていた。
ただ、まれに不思議な感情に襲われることがあった。テレビニュースを見ているだけなのに、感極まって涙が出てしまうことがあったのだ。
病室で見たのは、部活動に奮闘する高校生や被災地で災害を振り返る人たちのニュース。なぜだか画面を見つめながら「みんな頑張っているんだなあ」と目をうるませていた。気分の調整が難しくなっていたような気がする。
涙もろいタイプではなく、たいして人情派でもなかった。でも、長年、記者として働いてきたのに、「もしかしたら自分はもう取材できないのかもしれない」という思いでニュースを見ていたことが気分の浮き沈みを増幅したところもあったと思う。
弱った心の内側で何が起きていたのかはわからない。自分の気持ちが弱くなって、感情がむきだしになったような思いもあって、わずかな感動で心震えて涙が出るようになってしまったのだろうか、と分析したりしていた。
見えない障害
脳卒中における後遺症としては、身体のまひが知られているが、高次脳機能障害といわれる症状もある。脳には部分ごとにいろいろな機能があるが、脳が傷ついた場所に応じ、さまざまな症状が出てしまう。
例えば、言葉が理解できなくなる「失語症」や、見えるけど物がわからないという「失認症」、過去の記憶を思い出すのが難しい「記憶障害」といった症状がある。
また、感情抑制の障害が出る場合もあり、ささいなことで怒ったり泣いたりする人もいる。ぼくが、涙もろくなった症状もこうした影響のひとつだったのかもしれない。
ぼくの場合、病気になった結果、身体の障害を持つことになり、右手と右足が不自由になった。これは他人にも比較的わかりやすい障害だ。
一方、失語症や失認症といった症状は、一見しただけで理解するのは難しい。このため、高次脳機能障害は「見えない障害」ともいわれることがある。本人ですら症状を自覚できないケースもあるそうだ。
ぼく自身も、一時は「失語症」と指摘されている。入院直後でも周囲ときちんと会話もできていると思っていただけに、知ったときは結構、ショックだった。周囲に気を配ることが難しくなる「注意障害」があるのでは、といわれたこともある。
このほか、うまく発声ができない「構音障害」ともいわれた。自分の言いたいことを全部言いきれていないという違和感はあったが、言葉を扱う仕事をしていただけに、身体だけでなく言語領域にもダメージがあったことに随分と落ち込んだ。
リハビリ3つの目標
そんな状況に陥りつつも、ぼくは自分自身の回復目標を「新聞記者として復職」と設定することにした。
病気になってしまったが、収入源を維持し、家族の暮らしを守るには、とにかくもう一度、働かなくてはならない。
それと、病床でテレビニュースや新聞を眺めながら、やっぱり取材して原稿を書いたり、編集したりしたいなと思ったということもある。働いているときは世間のサラリーマンの皆さんと同様「忙しい」とか「大変だ」と愚痴ばかりだったが、もう働けないかもと思うと「もう一度、同僚たちと新聞がつくりたい」と考えるようになった。
そして、復職のためにリハビリの3つの目標を立てた。
1つ目は、通勤できるようになるため1人で歩いて駅に行き、電車に乗れるようになること。
2つ目は、記事を書くため、両手でパソコンを打てるようになること。
3つ目は、電話で取材したときに、相手がやりとりを不自然に思わない程度に話し方を回復させること。
考えるだけで少し希望が持てた。「よしっ。もう一度頑張ろう」と、勇んで主治医にこの3目標を発表したのだが、先生の反応は芳しくない。「うーん」と黙り込んだままだった。
「回復は無理ですか。頑張るのもダメなんですか」と尋ねたが、「リハビリは一歩ずつですから、いきなりは良くなりませんよ」とのこと。なかなか厳しいコメントだ。リハビリを担当してくれた理学療法士や作業療法士さんたちの反応もいまひとつ。「そうですね…」と言葉が続かない。会話の感触から、回復への道のりが厳しいと思っているのだな、と感じた。
頑張ろうと思えたり、もうダメかもと考えたり。気持ちは揺れる。だが、入院生活では、とりあえず自分で掲げた目標を目指そうと考えていた。
◇
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河居貴司(かわい・たかし)
WEB編集室長兼新聞教育編集室長。平成9年産経新聞入社。和歌山、浜松支局を経て社会部。関西の事件や行政などを担当してきた。京都総局次長、社会部次長を経て現職。令和元年に脳出血を発症したがその後、復職。リハビリを続けながら働いている。
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