「母の命を奪う薬が入っていく」余命2年未満で死を選んだ満利子さん 娘の寄り添う覚悟 安楽死「拡大の国」カナダ」(1)
産経ニュース / 2025年2月2日 8時0分
「先駆の国」オランダから15年遅れて安楽死を法制化したカナダ。第2部では、その後急拡大した同国の制度、実情の光と影を見つめる。
「最初は賛成できませんでした。でも、病気で苦しむ人に生き続けることを求めるのはエゴではないかとも悩み、母の思いを優先させようと決めたんです」
風光明媚(めいび)なカナダ西部の港湾都市、バンクーバー。日系カナダ人、レビーナ・デイビス(43)の母、満利子(まりこ)は2023年3月、74歳で安楽死した。レビーナは、日夜苦しむ母と二人三脚で病と闘ってきた。
食べることとおしゃべりが大好きな母の暮らしが暗転したたのは、22年3月。大腸がんが見つかり、直腸への転移も判明。告げられた余命は「2年未満」だった。
抗がん剤治療を始めたが、持病の免疫疾患の影響もあり、深刻な副作用に悩まされた。おなかが緩くなり、排泄(はいせつ)が自分でコントロールできない。そんなとき、自尊心が強い母は決まって自分で掃除したがった。
やがて歯磨きや洗顔も一人ではできなくなる。自信や生きる気力をなくし、事あるごとに口に出すようになった。
「安楽死させて…」
レビーナにとって、ふさぎこむ母の姿を見るのはつらかったが、願いを聞き入れることにすぐには納得できなかった。
別れの日は突然
カナダでは16年、「死への医療的援助法(MAiD)」が成立。医療行為の一環という位置づけで、難病などで死期が予見でき、肉体的、精神的に耐え難い苦痛がある患者の安楽死が可能となった。同国では1990年代以降、何度も安楽死を巡る議論が国論を二分してきたが、法制化によって一応の決着を見た。
レビーナは2023年3月、改めて主治医に相談。本人の意志で中止や実施日の変更も可能だと説明され、母の意志に寄り添う覚悟を決めた。
それでも、別れの日は突然訪れた。「一日も早く」という母の強い希望を病院側が受け入れ、同月10日に実施することが急遽決まった。
病室を訪ねると、右腕に点滴の管がつながっている。母の命を奪う薬が入っていくのかと考えると、たまらない気持ちになったが、もはや受け入れるしかなかった。
午後8時ごろ、医師が3本ある致死薬の1本目を注入した。「ママ、愛してる」。声をかけると、母は何か言いたげにじっと自分を見つめた後、静かに目を閉じた。
2本目の注入が始まったとき、母を見送る現実が一気に胸に迫り、涙が止まらなくなった。最後の1本が打たれ、拍動の間隔が徐々に長くなっていく。開始から10分、母は静かに旅立った。
安楽死件数、7年で15倍に
「制度を使うことが正解か不正解かは、苦しんでいる本人にしか分からない」。レビーナは、複雑な思いを抱きながらも、母の面影を追い「安楽死という選択肢は、患者の救いになり、尊厳を守ることにもつながる」と強く感じている。
ただ、カナダでは今、安楽死制度をめぐって新たな火種もくすぶる。
21年3月、「死期が予見できる」という実施要件が撤廃され、余命宣告を受けていない慢性疾患の患者や重度の障害がある人らにも適用の道が開かれた。さらに精神疾患患者への適用も決まり、2度にわたって延長されたものの、27年3月には施行される流れとなっている。
同国で23年、安楽死を選んだのは、全死者数の4・7%にあたる1万5343人。法制化当初の約15倍だ。不治の病で死期が迫った患者が96%を占めたが、そうでない患者も622人いた。
なし崩しのように対象が拡大する動きには、国内外から懸念の声も上がる。
昨年11月、英下院で、イングランドとウェールズを対象に、余命6カ月未満と診断された患者が安楽死を選ぶ権利を認める法案が賛成多数で可決された。同様の法案は10年前に否決されており、世論の変化を物語る。下院で今後行われる2回目の採決、さらに上院でも可決されれば、同法は成立する。
2001年、オランダで初めて安楽死が法制化されて以降、欧州や北米、オセアニアなどで追随する動きが目立った。
カナダで安楽死を認める連邦法が成立したのは16年。難病患者らが「自ら死を選ぶ権利」を求めて2度にわたり提訴し、最高裁は15年の判決で訴えを認めていた。
その後、適用者の増加は他国に類を見ないペースだ。法制定後、全死者数に占める安楽死の割合が3%を超えたのは、カナダでは5年後。ベルギーの21年後をはるかにしのぐ。カナダの23年の比率4・7%は、同年5・4%の先駆オランダに迫る勢いだ。
その推進役となったのが、15年に43歳で首相となったジャスティン・トルドーだ。ジェンダー平等や移民の受け入れなどを打ち出してきたリベラル派の若き首相は、安楽死に関しても積極派の声に前向きに応えてきた。
化学物質過敏症にも適用
「安楽死を認める法の趣旨は尊重しますが、彼女には不要だった。むしろ不条理な選択肢でしかなかった」
カナダ東部ケベック州で化学物質過敏症(CS)の患者を支援するケベック環境保健協会。会長のロヒニ・ペリスは、22年2月、新型コロナウイルス禍のさなかに51歳で安楽死したソフィアのことが忘れられない。
CSは、家庭用洗剤や芳香剤、たばこなど身近な化学物質に接すると頭痛や吐き気などが生じる原因不明の疾患だ。
コロナ禍は、長年症状に苦しんできたソフィアに追い打ちをかけた。彼女が暮らすオンタリオ州でも断続的にロックダウン(都市封鎖)が行われ、州都トロントの自室すら安息の地ではなくなった。アパートに漂う生活臭やたばこの煙で日々体調が悪化。やがて死を望むようになった。
ペリスがソフィアの決意を知ったのは、死の1カ月前。カナダでは21年3月の安楽死要件緩和で、具体的に余命を宣告されていなくても、治療不可能な病状で耐え難い肉体的、精神的苦痛があるソフィアのような患者にも門戸が開かれるようになっていた。
ペリスは行政などに安全な住宅の手配を求めたが、成果は得られなかった。ソフィアの死の直前、ぺリスは電話で別れを惜しみ、ソフィアが亡くなるまで電話はつながったままだった。「彼女の場合、環境さえ改善されれば生きていけたのに」。ペリスのやり切れなさは今も消えない。
「滑り坂」への危惧
23年、カナダで安楽死した約1万5千人のうち、余命を宣告されていなかったのは4%にすぎないが、人数でみると、21年の約3倍に達する。
「倫理的に問題がある事例が相次いでいる」。メモリアル大教授のダリル・プルマン(70)=生命倫理学=は、急拡大に警鐘を鳴らす。
「そもそも『治療不可能な病状』という定義が曖昧だ。結局、患者の要望を受け入れるかどうかは医師に委ねられるし、1人で多くの安楽死を実施する医師もいる」
トルドーは先月6日、支持率低迷などを受けて首相辞任の意向を表明。今秋までに行われる総選挙で、保守派が政権を奪還する可能性もある。
それでもプルマンは「政権交代しても、一度開いたパンドラの箱はどうなるか」と懐疑的だ。「カナダはなし崩しの『滑り坂』に陥っている。市民の命を奪う法律であることを国民は認識し、もっと議論が必要だ」=敬称略(小川恵理子 池田祥子)
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