脳を知る 五感の中で一番強い感覚 嗅覚障害は認知症の前兆
産経ニュース / 2025年1月12日 7時0分
人間の五感には、視覚(見る)、聴覚(聴く)、味覚(味わう)、嗅覚(嗅ぐ)、触覚(皮膚で感じる)があります。記憶から失われていく感覚の順番は、聴覚、視覚、触覚、味覚、嗅覚だそうです。確かに私たちは聞いたことはすぐに忘れてしまいますが、子供の頃に好きだった香りや、良くも悪くも祖父母、昔の友人の体臭なども記憶に残っているものです。
このように五感の中で一番強い感覚は嗅覚であり、生命を維持するための安全機能の一つでもあります。嗅覚障害があると、ガス漏れや腐敗食品などの異常なにおいに気がつかず、生命の危険にさらされることになります。
また嗅覚は他の感覚よりも記憶や感情と強く結びついています。例えば、畳の香りを嗅ぐと昔住んでいた家や家族などの記憶が急によみがえり、とても懐かしい気分になることもあります。
このようににおいによって一瞬で記憶がよみがえったり感情が動かされたりするのは、嗅覚情報が直接脳に伝わっているからです。鼻からにおい物質が入ると、におい物質は鼻の奥にある嗅神経にある嗅覚受容体に感知され電気信号が発生します。電気信号は嗅神経から脳の入り口である嗅球に直接伝わり、そこから嗅皮質でにおいを認識し、記憶に関係する海馬(かいば)や感情に関係する扁桃体(へんとうたい)などに伝達されます。
においが分からなくなる嗅覚障害は、認知症と深い関係があり、認知症の発症前または発症早期から嗅覚障害が起こります。認知症の中で一番多いアルツハイマー型認知症では、記憶をつかさどる海馬や扁桃体が障害されますが、それよりも先に嗅神経が障害されて嗅覚障害が引き起こされます。そのためにアルツハイマー型認知症では、嗅覚障害を起こしたあと徐々に記憶障害が起こります。においに鈍感になると、アルツハイマー型認知症の初期症状かもしれません。
最近では、嗅覚障害が認知症の早期発見につながる可能性があるともいわれています。認知症を早期発見して治療を早期に開始すれば認知症の進行を遅らせることができるため、認知症を早期発見することは重要です。また嗅覚を鍛えることが、認知症の予防につながる可能性も示されています。嗅神経は障害を受けても再生することができる珍しい神経細胞ですが、嗅覚に刺激を与えないと細胞が死滅し嗅覚が衰えます。
最近は嗅神経の再生を促す「嗅覚刺激治療」が注目されています。嗅覚刺激療法は、朝晩、3種類のにおい(好きな香水、コーヒー、花など何でもよい)をそれぞれ10秒ずつ、においを意識しながらしっかり嗅ぎます。効果が出るまで1年程度かかるようですが、嗅覚低下がある人は、嗅覚の衰え予防ができますので、ぜひ始めてみてはいかがでしょうか。
(和歌山県立医科大学脳神経外科講師 八子理恵)
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