未明の職場で脳出血、倒れて搬送「あうあ、あうう」 声は出るのに言葉にならない恐怖 脳卒中サバイバー記者
産経ニュース / 2024年7月8日 8時0分
ぼくが脳出血を発症したのは令和元年のクリスマスの晩だった。その日は社会面のデスクとして担当紙面の責任者をしていた。編集作業を終え、職場で残務処理をしていたときに倒れた。日付は変わって12月26日未明。その日、自分がどうやって紙面を作ったか、ほとんど記憶に残っていないが、倒れたときのことは覚えている。そのときのことを振り返りたい。
大きな事件や災害、注目される選挙があると、新聞社は忙しくなることはあるが、その日は、どちらかというと、ありふれた平凡な日だった。
「何か身体の前兆はあったのか」と聞かれることがあるが、明らかな自覚症状はなかった。「身体がつらいと思っているときに倒れるとはかぎらない」というのが、ぼくが得た教訓の一つだ。わかりやすい前兆があるわけではないのだ。
だが、疲労はたまっていたようだ。脳卒中との因果関係は分からないが、後に家族に聞くと、倒れる数日前、寝る前に「背中が痛む」とつらそうだったそうだ。身体の不調の感覚がつかめなくなっていたのだろうか。後の祭りだが、健康に注意を払い続けることがいかに大切か身に染みた。
* * *
発症したのは会社の編集フロアだ。職場に残っていた先輩記者との雑談を終え、席に戻ろうとしたとき、突然、頭のなかがぐるぐるとするような違和感に襲われた。明らかにおかしい。頭痛などはなかったが、立っていることもままならなくなってきた。
これはまずい。
未明の編集フロアで仕事をしていたのは数人だったと思う。残っていた編集長のもとに近づき、「なんかおかしいんです」と身体の不調を訴えた。救急車を呼んでくれるのでは、と思ったのだ。
そのうち、座っていた席から崩れ落ちるように倒れてしまった。身体に力が入らない。右半身にまひ症状が出始めた。「まずい」と異変を感じてから、ここまで数分間だった。
編集長席の横で、あおむけで倒れこむ。だが、このときは意外に冷静だった。天井の蛍光灯を見つめながら、ぼんやりと考えていたことは2つのことだった。
ひとつは、家族のこと。年明けに家族の手術と子供の受験が迫っていた。そのときは、深刻さはよくわかっておらず「入院するとしても年内には退院しないとな」と考えたりしていた。
もうひとつは「翌日の新聞ができていてよかった」ということだ。倒れたのは、翌日の朝刊を作り終えた後。紙面編集の責任者の一人として、新聞発行に直接の影響がなくてよかったと思っていた。
翌日から冬休みを取る予定だった。ここ数日は「あとちょっとで、ゆっくり休める」と考えながら仕事をしていた。4日間の連休を取る予定だったが、その後の入院、リハビリで結局、1年半ほど、休むことになってしまった。
* * *
脳の血管が詰まったり破れたりすることで、脳が障害を受ける脳卒中。血管が詰まると脳梗塞、破れると脳出血やくも膜下出血になる。
脳卒中が発症した場合は、早期に専門的な治療を受けられるかどうかが、その後の症状にも影響するという。とにかく、脳卒中が疑われる状態になったらすぐ救急車を呼ぶことが肝心らしい。ぼくは今回、搬送される側だったが、周囲で異変が起きたとき、適切に対応するにはどうすればよいか。当時はよく知らなかった。
米国脳卒中協会が提唱するスローガンで「ACT FAST」というものがある。F(フェイス・顔)、A(アーム・腕)、S(スピーチ・言葉)、T(タイム・すぐ受診)の頭文字で、注意すべき初期症状を表現している。
顔の片側が下がって動かない、片側の腕に力が入らない、ろれつが回らないといった症状があれば、すぐに救急車を呼ぶべきだという。そうすれば、死亡や後遺症のリスクを下げることができるというのだ。
ぼくの場合、未明の発症だったが周囲の方々に迅速に対応していただいた。一人でいるときに倒れていたら発見が遅れていただろう。
搬送先は近くの病院だった。ぼくは以前、その病院の系列クリニックで、脳ドックを受け、MRI検査をしたことがあった。そのときは、大きな異常はなかったが、そのカルテがあれば、治療の役に立つのではないか。そう思い、救急隊員にそのことを告げようとしたとき、自分が話せないことに気づいた。
「あうあう」と発声はできるのだが、言葉にならない。話せないことに焦った。必死の形相で「あうあ、あうう」とうめくだけだ。声は出るのに言葉にできない。これはかなり怖かった。
救急車に同乗してくれた先輩記者が、さっとノートとペンを差し出してくれて「しゃべれないなら、書いたらいいから」といってくれた。
「脳ドック受診歴あり。カルテあるはず」と書こうとしたが、右手でペンが持てない。ここで、自分の身体が相当まずい段階にあると自覚した。右半身のまひがひどくなっているのだ。左手で何とかノートに文字を書こうとしたが、判別可能な文字は書けなかった。
ここで死んだら、先輩は「遺書を書こうとしていた」と家族に伝えるのだろうか。そうじゃねえんだけどなあ。救急車のなかでは、そんなことを考えていた。(河居貴司)
◇
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かわい・たかし 社会部次長。平成9年産経新聞入社。和歌山、浜松支局を経て社会部。関西の事件や行政などを担当してきた。京都総局次長を経て現職。令和元年12月に脳出血を発症して中途障害者になった。少しでも復調したいという思いで、リハビリを続けている。
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