種田山頭火や尾崎放哉の遺伝子を受け継ぐ自由律俳句 ≪畳の目を数えて夕暮れ≫ 〈イチオシ詩歌〉『そんな言葉があることを忘れていた』『途中の話』
産経ニュース / 2024年8月11日 8時0分
自由律俳句320句を収めたせきしろさん初の単独句集『そんな言葉があることを忘れていた』(左右社・2530円)が鮮烈な印象を残す。著者は昭和45年、北海道・オホーツク地方の訓子府(くんねっぷ)町生まれで、現在は作家、コラムニストとして活躍している。
長い書名には、俳句を詠まなければ、自分の内側に埋もれていた微妙な感情と、それを表現する言葉を発見することはなかった、との思いが込められているように思う。著者はうだうだとした日々の中で、心がかすかに震えたり、陰ったりした瞬間を、これ以外にはない的確な表現で言語化してみせる。そこには読み手の共感を呼ぼうとするあざとさや虚飾はない。
《必要とされず今日も寝ている》
東京でのそんな暮らしの中で次の句が生まれる。
《畳の目を数えて夕暮れ》
《廃品回収車の音がする孤独ではない》
自由律俳句の先達である尾崎放哉の《咳をしても一人》を想起させる。ここには孤独だけではなく苦いユーモアもにじむ。
《遊具は動かず私を待っているわけでもなく》
誰もいない公園で、ひとりかすかに苦笑いをする著者の顔が浮かぶ。
本句集の中でとりわけ鮮やかな印象を残すのが、雪と分かちがたく結びついた故郷(郷愁)を詠んだ句だ。
《墓に雪積もってただ白い場所》
種田山頭火を連想させる。ぶっきらぼうな句ではあるが、余韻の深さは尋常でない。そんな土地で生まれ育ったからこそ、次のような伸びやかでスケールの大きな句が生まれる。
《誰かのための春であれ》
どの句にも、五七五のリズムから自由であるがゆえに生み出されるリアルがある。いずれにも確かな律動が脈打ち、切れば鮮血が噴き出しそうだ。放哉と山頭火の遺伝子は、間違いなく著者に受け継がれている。
□ □
2冊目は和田まさ子さんの詩集『途中の話』(思潮社・2530円)。3章構成で24編を収める。和田さんは昭和27年、東京都生まれ。個人詩誌『地上十センチ』を発行する彼女は、原理主義者と違って軸足を一点に定めることなく、「地上十センチ」を浮遊するかのように現実を散歩し、その道すがら、湧き出てくる記憶をよすがに、現実を見つめ、対峙する言葉を紡ぎだす。たとえば「分かれ目という涼しさ」。こう始まる。
《生きていても隠れたい三月/雲を呼ぶことができるひとを探して/自由が丘に行く/東急東横線と大井町線がバッテンに交わる駅だ/こころは固く縮こまっているが/分かれ目という涼しさに吹かれたい》
自由が丘駅で小学校の同級生だった咲ちゃん(さくらの精か?)が現れ、春の白いひかりの中で行動をともにする。ところが、いつのまにか咲ちゃんは姿を消している。着地はこうだ。
《うららかにさくら咲く/ひっくり返すと/流血の場面/セカイのバッテンにいて/立ち止まりたくない春/からだの向くほうに傾いていく》
うららかな春に恵まれた世界と、惨劇が繰り広げられる世界が交差する現実。懸命に抗おうとする言葉が胸を打つ。
(桑原聡)
=次回は9月8日掲載予定
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