<ビブリオエッセ>やっぱり目が離せない 「ヒルビリー・エレジー-アメリカの繁栄から取り残された白人たち」J・D・ヴァンス著 関根光宏・山田文訳(光文社未来ライブラリー)
産経ニュース / 2024年8月21日 12時40分
J・D・ヴァンス。先月、久々にこの名前を聞いて以前読んだ本を引き出した。著者が生まれ育ったオハイオ州ミドルタウンは鉄鋼の町として栄えたが、その衰退とともに今は失業や貧困にあえいでいる。ラストベルト(さびついた工業地帯)の一地方都市だ。
この本は著者が31歳のとき書いた自伝で白人労働者の家庭を描いたノンフィクションとして2016年の刊行後ベストセラーになり、映画化もされた。今回の大統領選でトランプ氏が副大統領候補に指名した共和党上院議員である。
以前に読んだとき、ヒルビリー(田舎者)と呼ばれ、無気力に日々を過ごす白人労働者の姿に驚いた。米国では白人労働者階層が最も人生を悲観しているといわれるそうだ。分断は所得格差や対マイノリティーなど根が深い。
著者は自身の家族をそのルーツから赤裸々に描いている。とりわけ母親は男性遍歴を重ね、薬物依存に苦しんだ。著者は高校卒業後に海兵隊に入隊し、州立大学から名門イェール大学のロースクールを卒業する。這い上がれたのは温かく見守ってくれた祖父母や姉、教師らの存在があったことも見逃せない。子供の未来をよい方向に導くのもまた家族や環境だ。
現在40歳になった著者。かつてはトランプ氏を批判しながらその支持を受けてトランプ主義者になったのだろうか。胸の内を知ることはできないが何があったのだろう。ベストセラー作家であり、弁護士、起業家、そして今、政治家として目指す先にあるものは何なのか。
アメリカという複雑な国家の一端を知ることのできるこの本。少年の物語はまだまだ終わらない。現在進行形だ。ひとりの「ヒルビリー」の行方を見守りたいと思う。
神戸市中央区 大久保優(72)
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