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朝鮮工芸に宿る民族の独自性 日本の民芸運動に影響を与えた浅川巧の名著 <ロングセラーを読む>『朝鮮の膳/朝鮮陶磁名考』

産経ニュース / 2024年6月23日 8時20分

木目を生かした朝鮮木工。収納箪笥の前面

『朝鮮の膳/朝鮮陶磁名考』浅川巧著(ちくま学芸文庫・1430円)

7月のユネスコ世界文化遺産登録を目指す「佐渡島の金山」に対し、韓国が「強制労働の現場」だと主張して登録に反発している。またかと思う読者も多いだろう。

評者は教科書の検定や採択を取材していたので、戦時中の「徴用」について強制連行や強制労働をにじませる教科書記述を批判していた。それで「嫌韓」とみなされたのか、日本人の知人から「チマチョゴリ(韓服)が嫌いでしょう」と言われた経験がある。教科書を使った反日活動に対する批判と、朝鮮半島の文化の好き嫌いを混同しないでほしいものだ。

わが家では韓国の古い家具の木目を生かした簡素な美しさが気に入り、幾つか使っている。日韓関係に波風が立ったので、朝鮮工芸に関する名著「朝鮮の膳」(昭和4年刊)を思い出して読み返した。

本書は日本統治時代の朝鮮で暮らし、朝鮮工芸の美を日本に伝えた浅川巧(1891~1931年)が食事を載せる膳について解説したもの。出版社を変えて何度か刊行され、昨年、ちくま学芸文庫に収められた。30ページ余りの本文の最後に、こんな記述がある。

「疲れた朝鮮よ、他人の真似をするより、持っている大事なものを失わなかったなら、やがて自信のつく日が来るであろう。このことはまた工芸の道ばかりではない」

初めて読んだとき、この一文に衝撃を受けた。ただ美しいと思うだけの評者と、浅川巧とでは木工品の見方が違うのだ。膳を通して、巧は何を見たのだろうかと。

浅川巧は大正3年に兄・伯教(のりたか)のいる朝鮮へ渡り、朝鮮総督府で植林に従事しながら陶磁器や木工品を収集・調査した。のちに日常生活の道具に美を見いだす「民芸運動」を主導した柳宗悦に、伯教が白磁の壺を手土産として携えた逸話が知られている。

柳は無名の職人による工芸の美に開眼し、大正13年、浅川兄弟と京城(現ソウル)に朝鮮民族美術館を設立。浅川兄弟は、柳とその運動に大きな影響を与えたとされる。

巧は朝鮮木工の中でも膳を「正しき工芸」の代表とも称すべきものとみていた。端正な姿を持ちながら日常的に使い込まれ、年とともに雅味を増すとしている。

朝鮮半島の膳は方形だけでなく円形や十二角形もあり、脚部も雲文脚や単脚、狗足など多様な造形美を持つ。「朝鮮の膳」によると、木目が整然とした良木ではなく複雑で変化の多い雑木が用いられ、研けば温かい光沢が出るという。室内で椅子を用いず床に座る生活習慣から、膳は中国の影響をあまり受けておらず、貧しい家庭にもあるそうだ。それは、民族のアイデンティティーを象徴するようなものと言えるだろう。

巧は、朝鮮の人々と長年付き合う中で見聞きした事実を「朝鮮の膳」に記録した。だが、工業化が進む中で膳は刊行当時すでに旧式とされ、写真を見せると、こんなに立派な器物が自国にあったのかと驚く若者もいた。「我が朝鮮の文化は遅れた」と言って他国の物質文明や機械工業の真似をする人々がいる、と苦言も呈している。失ってはならない大事なものとは、工芸に宿る美意識のような、民族の独自性といったものだろう。

日記(草風館『浅川巧 日記と書簡』)で巧は、朝鮮王朝時代の建造物が日本統治下で破壊されていく状況を批判している。日本も、文明開化や敗戦を経て失ったものがあるのではないだろうか。(寺田理恵)

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