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吉田修一さん、産経新聞連載「罪名、一万年愛す」刊行 読者と刻むリズムに妙味

産経ニュース / 2024年11月20日 7時0分

「毎朝新聞で読むのを楽しみにしている読者の方がいて、とてもうれしかった」と語る吉田修一さん(酒巻俊介撮影)

産経新聞に連載された吉田修一さん(56)による小説『罪名、一万年愛す』がKADOKAWAから刊行された。長崎県の孤島で展開される軽やかなミステリータッチの物語は、人間の痛切な悲しみと大きな愛を見つめる。吉田さんは「いろんなチャレンジをした作品で、手応えがあった」と語る。(海老沢類)

読者とともに

連載は4月1日から9月30日までの半年間、177話に及んだ。

「毎朝読むのが楽しみだとX(旧ツイッター)に書いてくれた方もいたし、『驚いてほしい』と思っていたところで、ちゃんと驚いてもらえたのもうれしかった。読者と一緒にリズムを刻む新聞連載小説の妙味ですよね」と吉田さん。

横浜の私立探偵、遠刈田蘭平のもとに奇妙な依頼が舞い込む場面から物語は動き出す。依頼主はデパート経営で財を成した九州の富豪一族の3代目である梅田豊大。なんでも「一万年愛す」なる名前の宝石を探してほしいという。

依頼を受けた遠刈田は長崎県の風光明媚な群島、九十九島の一つで開かれる豊大の祖父、梅田壮吾(梅田翁)の米寿のお祝い会に参加することになる。梅田一族の面々や、未解決事件を追う元刑事らも集った宴は着々と進むが、台風の接近で外は荒れ模様。不穏な空気が漂う中、梅田翁が忽然と姿を消す。

子供と戦争

「人間を最大限伝えるために、どんな形がいいのかをいつも探すんです。この小説には、ミステリーという形式で、このタイトルが一番合っているなと」

絶海の孤島、訳ありげな人物、夜の祝宴…。本格ミステリー風の道具立てに彩られた話は、思いもよらぬ方向に転がっていく。登場人物の回想を通して物語の時空は押し広げられ、終戦直後、身寄りを失い、駅の構内で過酷な日常を生きた戦災孤児の群像が浮かんでくる。来年は戦後80年の節目でもある。

「戦災孤児の話はドキュメンタリー番組で見たことがあって、書きたいと思っていたんです。今でも寂しい思いをしている子供はいるし、日本以外に目を向ければ戦争も起こっている」

不思議なタイトルと呼応するように、戦災孤児たちの深い悲しみと、時を超えて互いをつないだ大きな愛がつづられていく。梅田家の面々の「その後」に光を当てることで、記憶の継承や教育という隠れたテーマもせり上がってくる。

「出発点にあったのは悲しい話だけれど、書きながら希望が持てたんですよ。こういう家族がいれば、まだ世界も捨てたものじゃないなと。大きなことをやるのは難しい。でも、すぐそばにいる人に手を差し伸べることならできるかもしれない。そういう小さなことができる人を増やす…それが教育だと僕は考えているんです」

舞台版を見て

今年で作家デビューから27年になる。数年前、山本周五郎賞を受けた自身の出世作『パレード』(平成14年)の舞台版を見たことが今作に生きた、と明かす。

東京都内の2LDKに同居している若い男女の人間ドラマが、舞台版ではセリフ回しの妙で見事に表現されていた。「今回の小説は難しい言葉は使っていないし、会話のリズムですらすら読み進める。あの時、舞台を見て会話でつなぐ面白さに気づいたのが大きいのかも」と話す。

今作では伏線が丁寧に回収され、最終盤で眼前の景色ががらりと変わる。読者に与える驚きの大きさも『パレード』と重なる。そこに軽みや向日性の明るい空気が加わっているのも興味深い。

「30年近く小説を書き続けていると、読者の方々にも、『吉田修一の作品はこうだ』といった先入観が生まれてくる。なかには、何となく『重い』というイメージを抱いている方もいるかもしれない」と笑う。

「そういうところを、ぴょーんと越えて、読者と新たにつながれる。この作品はこれから自分が描くもののど真ん中というか、一つの道しるべになる気がしています」

吉田修一

よしだ・しゅういち 昭和43年、長崎市生まれ。平成9年に「最後の息子」で文学界新人賞を受けてデビュー。14年に『パレード』で山本周五郎賞、「パーク・ライフ」で芥川賞。19年には『悪人』で大佛次郎賞などを受けた。ほかに『横道世之介』(柴田錬三郎賞)、『国宝』(芸術選奨文部科学大臣賞)など受賞多数。

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