2人の独裁者に奉仕 『ゾルゲ事件 80年目の真実』名越健郎著 <書評>評・斎藤勉(論説委員)
産経ニュース / 2025年1月12日 9時40分
『ゾルゲ事件 80年目の真実』名越健郎著(文春新書・1210円)
数多の「ゾルゲもの」が出ている中で出色の一冊だ。
日米開戦前夜、東京や上海で暗躍した旧ソ連の「大物スパイ」リヒャルト・ゾルゲが「ロシア革命記念日」の1944年11月7日、東京・巣鴨拘置所で絞首刑に処された。
あれから80年。本書には、時事通信社の特派員として米露で活躍した著者が粘り強く渉猟したゾルゲの「機密解除資料」などに依(よ)る新事実が満載だ。全編に臨場感が漂う。
ゾルゲはドイツの新聞記者を装い、東京からソ連の独裁者・スターリンにヒトラーのソ連侵攻や日本軍の「南進」をいち早く打電した。ウクライナ侵略を続ける現在のプーチン露大統領は、ゾルゲを祖国に尽くした「英雄」として国民の愛国心の鼓舞に利用している。いわば、ゾルゲは時を超えて2人の独裁者に奉仕させられている図だ。
独ソ戦に勝利したスターリンを崇拝するプーチン氏は「高校生の頃、ゾルゲのようなスパイになりたかった」と語っている。ただ、著者は「情報機関出身のゾルゲとプーチンはミステリアスな人物という点で共通する」が、「戦争を阻止するために国際共産主義運動に身を投じたゾルゲと、国粋主義を前面に出して戦争に走ったプーチンは、思想や哲学が全く異なる」と喝破している。
ゾルゲが1933年から治安維持法違反などの容疑で逮捕されるまで8年間の東京での活動の土台を築いたのは、前任地の上海での2年間だ。東京で最重要な情報源となる朝日新聞記者、尾崎秀実(ゾルゲとともに処刑)と知り合った。戦後、米国の「赤狩り」の対象となる米国人女性作家、アグネス・スメドレーとは「(初めて)会うやいなや肉体関係を結んだ。それから、互いに助け合う同志関係が生まれた」といった「人間ゾルゲ」の逸話も数多い。
中国で広域の諜報団を組織したゾルゲだが、実は上海共同租界の英警察に「ソ連のスパイ」と見抜かれていた-など著者が米国でモノにした特ダネ数点も紹介されている。
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