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ロボットと同様の仕事を強制される人間の姿重ねたか 「私なんかにしなくていいよ」と <イチオシ詩歌>『おもてなしロボ』谷川保子著

産経ニュース / 2024年9月8日 9時20分

谷川保子さんの第1歌集『おもてなしロボ』(短歌研究社・2750円)に強く引き込まれた。ただ感受性と想像力の貧困ゆえ、書名の取られた歌がどうしても読み解けず、数日の間格闘した。

《目のあった人に尽くしてしまうから後ろから起動「おもてなしロボ」》

ついに白旗をあげ、出版社に電話をして担当編集者につないでもらった。編集者の女性は「ふんわりとした私なりの捉え方ですが」と前置きして、どう読み解いたか話してくれた。その瞬間、思わず「あ、そうか!」と声を上げてしまった。

歌はそれぞれが感じるもので、解説など無粋だとは思うが、少しだけ説明させていただく。

「おもてなしロボ」はレンズで認識した人間に応対しようとする。この社会でロボと同様の仕事を強いられる人間の姿を重ねた谷川さんは空想のなかで、「私なんかにおもてなしなんかしなくていいよ」と、自分が認識されぬようロボの後ろに回って起動スイッチを押す。

ただ、ロボに感情移入をして想像すれば、おもてなしをしようと目を覚ましたにもかかわらず、その相手がいない状況にロボは置かれてしまうことになる。あたかも夕暮れのかくれんぼで置き去りにされた鬼のように。谷川さんはそこにまで思いをはせているように感じる。

昭和50年、千葉県生まれの谷川さんは、現代短歌を代表する歌人、馬場あき子さんが主宰する「歌林の会」の会員。保育士として、障害のある児童の発達支援施設で働いている。本書には、短歌と出合ってから10年間の歌を348首収めたという。

ここには、他者の痛みを自分の痛みとして受けとめてしまう痛々しいほどの感受性、世間の常識に曇らされることのない目、ごく自然に対象に感情移入し、対象の目で自分を見つめ直してしまう才能によって詠(うた)われた生命をめぐる歌が並ぶ。

《ひとりきり少女がトイレで子を産みぬ吠えただろうかコヨーテのごと》

《十年で赤ちゃんポストに百二十五人わたしは一人子を産み終えて》

自身の出産と子育てを経て、彼女の目と想像力は、わが子だけではなく、子供を産み、育もうとする者にとって「ゆがんだ」としか言いようのない日本の社会にも注がれる。

《妊娠を希望する人は手をあげて裁きのごとき保育士会議》

《冷凍庫をゆりかごにして受精卵は同僚が辞める日を待っている》

小さな命を育む職場の現実。何かが狂っている。こんな厳しい歌ばかりではない。遠い異国で厳しい生活を送る子供たちに繊細で穏やかな目を向け、そこに希望を見いだそうとする。

《清らかな躰のひかりを手にあつめ飲み水を汲むアフガンの少女》

戦乱と干魃に苦しむアフガニスタンに生きる少女の生命の輝きをすくい取る。とても美しい歌だ。

《鳥になるここちがすると自転車の立ち漕ぎでゆくシリアの少女》

戦乱の続く国に生きる躍動感あふれる少女の姿が、未来への確かな希望を感じさせる。

そして谷川さんの生命観と死生観を象徴するのが次の歌だ。

《すぐに死ぬひかりのような微炭酸いくつもいくつも上だけ目指す》

小さな命を微炭酸になぞらえ、有限の時間の中、いくつもの障壁を乗り越えながら生きる姿と、そのことの意味を問いかける。(桑原聡)=次回は10月13日掲載予定

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