<ビブリオエッセー>半世紀ぶりの再会 「新版 夜と霧」ヴィクトール・E・フランクル著 池田香代子訳(みすず書房)
産経ニュース / 2024年7月12日 12時56分
それは1967年2月。高校の卒業を控えた3年生の時だった。
級友が見せてくれた本の写真が目に飛び込んできたのだ。そこにはナチスの強制収容所での惨状が写し出されていた。残酷な場面に驚き、怒りが沸いた。それまで経験したことのない悲しみや怒り、すべての言葉を搔き集めても言い表せない感情が全身を覆い、思わず目を背けた。旧版『夜と霧』との出会いである。
以来、その本は頭の片隅にずっとあった。読めなかったことへの後悔や読まねばならないという義務感だろうか。その後、教員を定年退職し、通い始めた図書館で見つけたのが『新版 夜と霧』だった。出会いからほぼ半世紀。写真のない新版で初めて、この名著を開いた。
フランクルは1905年、ウィーンに生まれたユダヤ人精神科医で心理学者だ。アウシュヴィッツなど強制収容所に送られたが奇跡的に生還する。その間、収容所での体験や見聞を淡々と、極限状態における人間の姿を生々しく描いたのが本書だ。冷静では書けなかっただろうにと著者の気持ちを想像したが、そこには人間の崇高さや生きる意味が記されていた。
「壕のなかの瞑想」の一文に胸が締めつけられた。夕日が沈む西の空、地平線に輝く幻想的な雲を眺める場面だ。その下には「収容所の殺伐とした灰色の棟の群れとぬかるんだ点呼場が広がり、水たまりは燃えるような天空を映していた」。この光景にだれかが言う。「世界はどうしてこんなに美しいんだ!」と。
読み終わって涙がとめどもなく流れた。一方で戦火が絶えない現状には悲しみと怒りしかないが、平和を希求し、人間を信じる心に絶望はない。そのことをこの本は教えてくれた。
大阪府阪南市 山田幸夫(75)
◇
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