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日常の割り切れなさが冒険に 川上弘美さん新刊『明日、晴れますように 続七夜物語』

産経ニュース / 2024年8月14日 8時0分

『明日、晴れますように 続七夜物語』の表紙

「日常の中に割り切れないことがたくさんあって、それを書くこと自体が冒険だと思うんです」。作家の川上弘美さん(66)の新刊『明日、晴れますように 続七夜物語』(朝日新聞出版)は、平成24年に刊行した長編ファンタジーの続編だ。ただ、少年少女が異世界での冒険を繰り返した前作とは異なり、今作はその子供世代がいじめや第二次性徴と向き合う日常を描く。「現代のファンタジー」はより切実さを増している。

物語は小学4年の仄田りら、友人の鳴海絵(かい)の2人の視点から交互に語られていく。母親に「扱いの難しい子ども」と言われる生き物好きのりらは、会話の途中で虫の観察に夢中になることもしばしば。良いことと悪いことを数値化して考える癖があり、「むかつく」「やばい」といった言葉をうまく使えないため、クラスの女の子たちの反感を買って悪口を言われている。

「りらは一番自分に近いキャラクター。私も生き物全般に興味があって、変なことにこだわるところがあった」。川上さん自身も小学4年生の頃にいじめを受けて不登校になり、転校した経験があるという。「現代のように陰湿ないじめではなかったけど、集団の中でマイノリティーとして扱われていたのがつらくて。その記憶はりらとつながっています」と明かす。

もう一人の語り手である絵は母子家庭で、毎週土曜日に母親のボーイフレンドが料理を作りに来ることに複雑な感情を抱く。電子辞書で調べて大人たちが使う難しい言葉の意味も知っているが、「一人でいること」が平気なりらに気後れしがちだ。りらがいじめられていることにうすうす気づきながらも、真剣に考えようとはしていない。

小説の大半は、第二次性徴を迎えたりらと絵が、それぞれの考えや違和感を自分の言葉で紡ごうとする内面の描写に費やされる。「私自身はぼんやり生きてきちゃったけど、今の子供たちは受け取る情報量が多くて過酷。お互いの距離感も敏感に考えなきゃならない。大変だけど、本当にすごいなと思う」

昭和の高度成長期が舞台だった前作の『七夜物語』では、子供たちが不思議な「夜の世界」を冒険するたびに現実の世界も変化するという設定で、二項対立的な価値観への疑問をテーマにしていた。平成の東日本大震災の前後の子供たちを描いた今作は「絶対的に正しい存在がない時代。ファンタジックな世界に行って問題を解決して、というのは違うと感じた」と、ファンタジー性を前面に押し出すことはやめたという。

それでもりらのいじめに向き合うことを決意した絵は、りらとともに「夜の世界」に一度だけ足を踏み入れ、大ねずみに言われるまま「大切なもの」を探し始める。「ここは子供たちに押し出されるように書いていて、『大切なもの』を簡単に見つけられたら噓っぽいなと。小説は、きっぱりした一行ではあらわせないことを書こうとする行為。そのもやもやをどうにか物語につくりあげていくのが小説なんじゃないか」

繊細で神経質さも持ち合わせながらも、丁寧に人間関係を築いていく現代の若者たちを「私たちが取りこぼしちゃったものを、改めて考えてやってくれている」と捉え、大きな希望を感じているという。

「一人の勇敢な主人公が世界を救うという時代ではなくなった中で、今作の子供たちはそれぞれにとっかかりを見つけて新しい世界に直面している。私の中ではそれ自体が世界に対する祈りであり冒険であり、ファンタジーであるのだと思っています」(村嶋和樹)

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