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「俺はここにいる」の切実な叫び 松本清張賞受賞の犯罪小説『イッツ・ダ・ボム』

産経ニュース / 2024年9月11日 8時0分

『イッツ・ダ・ボム』の表紙

街中にカラースプレーなどを使って名前を書く、ストリートカルチャーの「グラフィティ」。それは犯罪行為であるがゆえに、「俺はここにいるぞ」という切実な自己主張の叫びともなる。第31回松本清張賞を受賞した『イッツ・ダ・ボム』(文芸春秋)は、グラフィティを巡る2部構成の犯罪小説だ。同作で作家デビューを果たした井上先斗(さきと)さん(30)は「黒か白かではジャッジできない、顧みられることのない人間を書きたい」と語る。

ヒップホップの四大要素の一つであるグラフィティは、「自分が書いた」というシグナルを含むかどうかという点で、アートとは一線を画す。特に街中にグラフィティを書いたりステッカーを貼ったりする違法行為は「ボム」と呼ばれ、下手なグラフィティは上書きしてもいいといった独自のルールも存在する。

「中学生の頃に伊坂幸太郎さんの『重力ピエロ』を読んで、そういうカルチャーがあるんだなと。私が育った神奈川の相模原も、『グラフィティの聖地』といわれるくらいあふれていてなじみがあった」

物語は素性不明のグラフィティライター、ブラックロータスが「日本のバンクシー」として人々の耳目を集めるところから始まる。足早にサラリーマンが行きかう新宿の街中で、時価数千万円のトレーディングカードのカラーコピーを置いたブラックロータスの処女作は、ストリートアート専門の写真家が撮影したことで話題に。その後の作品も公共物を汚損するような手段は取らず、美術雑誌が「破壊行為主義への挑発者」と取り上げるなど、既存のグラフィティライターへのアンチテーゼとして支持を集めていく。

「違法な落書きが現代のSNSでウケるかといえば、それはノーだろうなと思う一方で、『バンクシーの作品は残すべきだ』という風潮にも違和感があった。今の日本で一番バズるグラフィティライターが出てきたら、という発想でキャラクターを考えた」

第1部はブラックロータスの実像に迫ろうとするウェブライターの「私」の物語だ。公共物を破損しないはずのブラックロータスが選挙ポスターの切り取りを行ったことで、ネット上だけでなくテレビでも賛否の議論が渦巻き、ますます関心は過熱していく。本を出版したい「私」は関係者へのインタビューを重ねつつ、自身もストリートカルチャーの盗用者ではないかと自責の念を抱く。だが、〝ライター〟として成り上がりたいのは、「私」もブラックロータスも同じだ。

「私自身もグラフィティは勉強したけれど、書くプレーヤーではないので。文脈が異なる2人のキャラクターにそれぞれ自分を仮託して、いろんなグラデーションを作れたのが一番現代的な部分かもしれない」

第2部は、防犯カメラがあふれる現代でも違法なボムを続けるグラフィティライター、TEELが視点人物となる。ボムしたくなる場所の感覚を共有する若きライター、HEDとの出会いにかつての高揚感を取り戻したのもつかの間、突如正体を現したブラックロータスに勝負を申し込まれる。互いの名前をかけ、ストリートでグラフィティを上書きし合うバトルだ。

「第2部はヒップホップというよりレゲエのMCバトルをすごく意識した。互いに相手をリスペクトしながらも、相手を超えるために戦う。こういうものを小説でも書けたらいいなと」

次作の構想でも、ナンパ師が登場する物語を考えている。「肯定される理屈がないような人間を拾い上げたい。その枠組みが犯罪小説なのかな」(村嶋和樹)

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