「吃音なら教員諦めよ」心ない言葉に屈さず、模擬授業で夢追う当事者 広がる連帯の輪
産経ニュース / 2024年6月12日 14時30分
言葉が滑らかに出ない「吃音(きつおん)」に悩む教員志望の学生らが、夢の実現に向けて各地で模擬授業を開いている。人前で話す経験を重ねて自信をつけることを目的としたプロジェクト名は「号令に時間がかかる教室」。吃音当事者の輪が広がり、大阪府八尾市では、学校研修の一環で現役教員を生徒役とし、教員も吃音の児童生徒への対応を学ぶ〝発展型〟授業が初めて行われた。
生徒役は現役教員50人
「言葉が出ない子に『ゆっくりでいいよ』『リラックスして』と声を掛けると、プレッシャーになる場合もあります」
5月30日、八尾市立南山本小学校の一室。教壇に立った大阪市の大学4年、藤原実緒さん(21)は吃音当事者として自身の経験を踏まえ、時折言葉に詰まりながらも丁寧に説明した。
生徒として聞いていたのは、八尾市の小中学校に勤務する若手からベテランまでの教員約50人。藤原さんは「これだけの先生の前での授業は初めて。緊張で症状が強く出た」と悔しがった。
続くグループワークでは藤原さんと、吃音がある他の教員志望者8人が9班に分かれ、それぞれ現役教員と交流した。
吃音が出た際、見守ってほしい人もいれば、助け舟がほしい人もいる。一律的な対応マニュアルはない。教員志望者の一人は「当事者である児童生徒がどうしてほしいか、話を聞いてあげて」と現役教員に求めた。
終了後、吃音の子供を育てている40代の女性教員は「自分の対応が正しいか分からず手探りだったが、研修で自信が持てた」。別の教員は「知らないことばかりだった。もっと学んで子供たちが安心できるように対応したい」と気持ちを新たにしていた。
4府県で5回開催
「教室」は昨年12月の大阪府大東市を皮切りに京都、徳島、和歌山の計4府県で5回開催。現役教員を生徒役とする形式は直近の八尾市が初めてで、大阪府高槻市でも予定されている。
「教室」を始めたきっかけは、藤原さんとある女性の出会いだった。
高校時代、親身になってくれた担任に憧れ、教員を志した藤原さん。国立大の教育学部に進学したが講義で発表する際、大勢の学生を前に固まってしまい、教授にこう言われた。
「うまく話せないなら教員は諦めた方がいい」
深い闇に落ちた。休学も考える中、1日限定のイベントに参加した。「注文に時間がかかるカフェ」。吃音のある若者が接客し、客はせかさず見守る。企画した奥村安莉沙(ありさ)さん(32)=東京都目黒区=も吃音当事者で「吃音を理由に夢を諦めなくていい」と背中を押された。
「吃音あるからこそ、弱者に寄り添える」
共感の輪は、さらに広がる。大東市での模擬授業について報じる新聞記事を八尾市の浦上弘明教育長(70)が読み、活動に賛同したのだ。
浦上さん自身、子供の頃から音読が苦手で、教員時代も卒業式など大事な場面で言葉に詰まる不安を拭えずにいた。「小学生のころ担任に吃音を指摘され、ショックを受けた自分と、心ない言葉を浴びせられながらも夢をかなえようとする藤原さんの姿が重なった」
浦上さんが「教室」の話を市立小中学校の全校長らに宛てたメールで紹介したところ、吃音の児童がいるという校長から共感の返信が届いた。
吃音は100人に1人の割合でいるとされる。浦上さんは「各校に数人は吃音の子がいる計算になる。手探りで指導してきた教員も少なくないのでは」と感じ、市教育委員会として、教員向けの研修で「教室」を開いてもらいたいと奥村さんらに依頼した。
「吃音があるからこそハンディを持つ子供に寄り添える」。南山本小での模擬授業に先立ち、藤原さんら教員志望者9人と車座で語り合った浦上さんは、こうエールを送った。
志望者たちは「吃音でも先生になれると勇気づけられた」と笑顔をみせ、藤原さんも「自分なりのやり方で、マイナーな障害のある子供の夢をサポートできる先生を目指します」と決意を語った。(木ノ下めぐみ)
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