「2025年は西洋の凋落進む」仏学者トッド氏と会見 核保有で自衛も選択肢と日本に提言
産経ニュース / 2025年1月5日 9時0分
2025年の世界はどこに向かうのか-。フランスの歴史学者、エマニュエル・トッド氏が産経新聞と会見し、展望を語った。ロシアの侵略で、米欧はウクライナに十分な砲弾を供給できず、対露制裁も誤算があったと指摘。「世界で指導的役割を担った西洋のもろさが示された。西洋の凋落が進む」と予測した。「脱西洋化に向かう世界で、日本は特殊な地位を持つ」とも述べた。
ウクライナ停戦に悲観的
今月20日のトランプ米大統領就任を前に、トッド氏はトランプ氏が目指すウクライナ停戦に悲観的な見方を示した。「彼は有権者に自分を『勝者』と見せねばならず、ロシアとウクライナの調停者としてふるまおうとする。彼は『とにかく戦闘を凍結してくれれば、それでよい』と言うだろうが、プーチン露大統領は停戦に興味を示さない」と分析した。
その背景には、米国は政権交代のたびに方針を変え、調停者としての信頼が失墜していることがあるとした。第1次トランプ政権が、オバマ政権が15年に結んだイラン核合意を離脱したことに触れた。
トッド氏によれば、プーチン氏はトランプ氏と話し合いを続け、ウクライナの戦意失墜を狙いながら、進軍を続ける可能性がある。「米国は影響力喪失の証を受け入れることができず、(ウクライナ支援を強め)戦闘がより激しくなる」危険もあると警告した。
大半の国とかけ離れた西側イデオロギー
対露制裁を巡る西側の誤算は、グローバル化で米欧の産業力が衰えたことに起因すると主張。特に、米国は深刻だと強調した。
トッド氏の言うグローバル化とは、2000年以降、米欧が産業拠点を移転し、「中国人やバングラデシュ人を働かせ、彼らの労働力に依存して生きる搾取構造」ができたことだ。このために、西側の対露制裁は世界のほかの地域を苦しめ、「怨嗟(えんさ)を招く結果となった」。西欧産業はエネルギー高騰にあえいだ。
一方、ロシアは天然資源を通じて中国やインドと連携し、制裁で「西側経済との競合から解放された」ことで耐久力を付けたとした。国際通貨基金(IMF)の予測で、24年のロシアの経済成長率は3・6%。米国や欧州連合(EU)を上回る見込みだ。
トッド氏は米国の産業力低下は、「プロテスタント精神の消失」に起因すると明言した。勤勉な労働意欲、道徳規範が失われ、宗教なき精神の空白に虚無主義が巣くっていると説明した。西側の「トランスジェンダーのイデオロギー、取りつかれたような環境保護主義」は、世界の大半の国の価値観とはかけ離れているとも述べた。西洋は自由民主主義という均一モデルを広げようとしたが、現実には世界の大半がロシアの国家主義、内政不干渉の原則に拠っているとした。
日本には産業国の伝統
トランプ次期政権が志向する保護主義に対しては、「高関税で国内産業を保護するには、外国に頼らずにやっていける労働力が必要。だが、米国には高い能力を持つ技術者や熟練労働者がいなくなった」として、成果に疑問を呈した。
日本についてトッド氏は、「戦後、米国によって西洋に組み込まれた。西洋並みの生活水準や技術力を持つが、世界のほかの国から西洋とは違う存在だとみなされている」と位置付けた。11年の東日本大震災後に訪日した際、「トヨタ自動車の下請けであることを誇る経営者に会った」のが印象的だったと語り、日本には産業国の伝統が残っているとした。安全保障面では、中国が台頭する中、「米国が守ってくれなければどうするか」を考えるべき時に来ているとして、核兵器保有による自衛が選択肢となると訴えた。(パリ 三井美奈)
エマニュエル・トッド
歴史学者、人口学者。1951年生まれ。76年の著作「最後の転落」で、乳児死亡率の上昇から旧ソ連崩壊を予測。主な著作は「帝国以後」(2002年)など。昨年11月、日本で最新作「西洋の敗北 日本と世界に何が起きるのか」を出版した。
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