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近世の横浜に花開いた禅文化、知られざる歴史に焦点 市歴史博物館で「宝林寺東輝庵展」

産経ニュース / 2024年10月7日 16時16分

白隠慧鶴による禅画と、月船禅慧による墨蹟が書かれた「達磨図」(中央、宝林寺所蔵)

西洋文化の窓口になった横浜は、日本社会に影響を与えた「禅」の礎になった地でもあった。そのことをたどる展覧会「宝林寺 東輝庵展」が横浜市歴史博物館(横浜市都筑区)で開かれている。会場には禅宗の書や画、仏像などを含め初公開の展示品が並ぶ。禅文化を感じることができる上に、地域を知り、歴史を学ぶこともできるという。

多くの弟子らが集い臨済宗を牽引

禅は、日本で発展した仏教の一派「禅宗」の教えと、その修行を示す。日本の文化芸術や社会に大きな影響を与えただけでなく、海外にも「ZEN」として伝わるなど、現在、世界に広がっている。今回の展覧会は、臨済宗大本山円覚寺の末寺「宝林寺」(同市南区)にあった修行道場である東輝庵を中心に豊かな文化が花開き、それが禅宗の隆盛にもつながったことを紹介している。

担当の学芸員、吉井大門さんによると、東輝庵は、福島県三春町で出家し、1744年頃に宝林寺のあった永田村を訪れた月船禅慧(げっせんぜんね)が開いた。その後、東輝庵には多くの弟子らが集い、近世の禅宗の礎を築いて臨済宗を牽引(けんいん)した。

例えば、円覚寺中興の祖と評され、気品ある禅画を描く誠拙周樗(せいせつしゅうちょ)や、「〇△□」の図形だけをしたためた禅画で知られる仙厓義梵(せんがいぎぼん)だ。このほか、月船の高弟でありつつ、現在の臨済宗を確立し、日本の美術史にも影響を与えた白隠慧鶴(はくいんえかく)の教えも継いだ峨山慈悼(がざんじとう)、盲目の禅僧でもある物先海旭(もっせんかいぎょく)などもいる。

展覧会では、宝林寺や円覚寺、龍隠庵などが所蔵する禅画や墨蹟、仏像、古文書など約80点を展示。峨山や物先、仙厓、白隠らの禅画、墨蹟が多数あり、一般の人の目に初めて触れる作品が多い。明治時代に「ZEN」として世界に禅を広めるきっかけを作った釈宗演(しゅうそうえん)の禅画なども展示している。

多様な禅画のうち、仙厓がエビを描いた禅画は「長生きをしたければ暴飲暴食を控えること」という処世訓を示唆。同じく仙厓が書いた坐禅蛙図は、坐禅は悟りを得るための形式的な修行ではなく、座っているだけならカエルも悟りを開いていることになると風刺している。

禅僧が村に溶け込み、新たな文化生む

一方、吉井さんが注目するのは、こうした禅僧の作品だけでなく、東輝庵と永田村とのつながりだ。永田村には当時、修行道場である庵が20軒以上もあり、禅僧が村に溶け込み、村民たちとコミュニケーションをとりながら、武渓文化と呼ばれる新たな文化を生んだ。

近世の横浜にこうした豊かな文化があったことはあまり知られていないが、吉井さんは「横浜は、ペリー来航からの開港や明治維新以降の文化が注目されがちですが、実は横浜には歴史の文脈から、こぼれ落ちたすごい文化があった。そのことを知ってもらえれば」と話している。

宝林寺東輝庵展は、11月10日まで。午前9時から午後5時(券売は同4時30分まで)。観覧料は一般1000円、高校・大学生700円など。また同館は展示への理解を深めるさまざまな試みを展開している。

12日と20日のギャラリートークでは、担当の学芸員が見どころを説明し、18日と11月1日には出品作品1点をじっくりと解説。いずれも午後2時からで、参加者は30人程度を予定。このほか、日本画を描くワークショップ(14日)や宝林寺住職による禅トークと坐禅体験(13日、31日)を行う。詳しくは横浜市歴史博物館(045・912・7777)。

また、同展に協力している司馬遼太郎記念館で学芸部長を務めた増田恒男さんが20日、横浜市南図書館で「東輝庵と武渓文化について~永田の地に華開いた禅林文化~」と題した講演を行う。定員20人。詳しくは同図書館(045・715・7200)。

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