「まじか」脳卒中後遺症で、歩行までの回復は難しいと宣告 車いすで途方に暮れる 脳卒中サバイバー記者
産経ニュース / 2024年9月9日 8時0分
令和元年の年末、職場で倒れて救急搬送されたぼくは、病院の脳卒中版の集中治療室といった大部屋のベッドで寝かされていた。SCU(脳卒中ケアユニット)というらしい。発症当時は46歳だった。今回は、発症してから10日間ほどの話をしたい。室内には、脳卒中の重い症状の患者ばかり5~6人。部屋の中央で常時3~4人の看護師が待機しているという手厚い看護態勢だった。
自分の症状については搬送翌日、病室で「脳出血の影響で、右半身が麻痺(まひ)している。歩けるようになるまで回復するかはわからない」と聞いた。右半身は触られている感覚はあるが自分の意思で動かせない。ほぼ寝たきりの状態だ。
知らない天井を見つめながら、ぼーっとした頭で「困ったことになったな」と考えていた。きちんと病状の把握をしたかったが、年の瀬で、じっくりと主治医から説明が聞けるのは年明けになるという。もどかしい年越しになった。
脳出血という病気についてよく知らなかったのも不安が高まる理由のひとつだ。脳の病気になった著名人のケースを思い浮かべながら「どのくらいの後遺症が残るのかなあ」と漠然と考えたりしていた。
スマートフォンでインターネット検索をしようとしたが、利き手が使えず、スマホ操作がうまくできない。慣れない左手でボタンを押しても思い通りに押せずにいらだつが、このときは再挑戦する気力もわかず、調べようという気がなえてしまった。
* * *
当時は知らなかったが、突然、脳卒中になった人やその家族の戸惑いを解消しようと、各地の自治体や大学病院などでは、病気やリハビリについて説明するパンフレットを作成しているところも多い。
例えば、熊本県では「くまもと県脳卒中ノート」を発行。脳卒中には、脳出血と脳梗塞、くも膜下出血があるが、それぞれがどう違うかを説明。再発予防やリハビリについても具体的にまとめられている。県内の病院でパンフレットを配布しているほか、インターネットでも閲覧できる。
突然、病気になると、本人も家族もどうしたらよいかわからず混乱することもある。病状はそれぞれ異なるが、基本的な知識があれば、医療者からの症状説明も理解しやすくなるかもしれない。
また、病気になると、医療的なことだけでなく、福祉や保険など、調べたり手続きしたりしなければならないことが次々と出て、初めてのケースでは戸惑うものだ。
自分でインターネットで調べればよいのだが、病気になると、調べたり、考えたりする力も弱まってしまう。ぼくの場合は、周囲のサポートに随分、助けられた。入院中、わからないことがあったときは、同僚たちが代わりに調べてくれることも多く本当に助かった。身近に相談先があると心強い。
* * *
年が明け、令和2年1月5日、主治医から説明を受けたが、ぼくにとってはシビアな内容だった。脳の出血範囲は小さくない。歩けるようになる人もいるが現状では難しいかも。時間の経過で、ある程度は回復するだろうが、その程度は不明-といった内容だった。
「右手は動くようになりますか」と聞いたが「わかりませんね。足より手の方が回復が後になるケースが多いですね」という説明だった。「回復には動かそうという意志を持つことが大事ですね」と話してくれた。ただ、つとめて淡々とした口調。期待を持たせない姿勢なんだなと感じた。
まじか。もう歩けないのか。車いすで途方に暮れる。うなだれながら病室に戻った。心も弱っていて、積み上げてきたものが、音をたてて崩れてしまうような感覚に陥っていた。
それでも生活を立て直さなくてはいけない。子供を学校に通わせ、住宅ローンを払い続けることを考えたら、なんとか復職しなくてはと思う。残された機能で何ができるのだろうか。
右足も右手も1週間以上、動いていなかったが、主治医は「動かそうという意志が大切」といった。発症後は、あまり力まないようにしていたが、「動けっ」という気持ちでベッドの上で「えいっ」とばかりに1回、2回と身体を動かそうと踏ん張ってみた。
すると、偶然だろうか。わずかだが動かなかった右足が少し浮き上がった。反応している。急いで主治医に確認する。
最初の告知とは打って変わって、主治医は「動いていますね。これならリハビリしたら歩けるようになりますよ」と明るい表情だ。
脳卒中の予後は、出血や梗塞の場所や患者の身体状況などによって、ひとそれぞれ。回復の経緯もばらばらだ。告知に慎重になるのは当然だが、できれば最初から「歩ける」と聞きたかった。
気持ちだけでどうにかなるほど単純ではないだろうが、気力がなくては改善にはつながらないのだと思うことにした。
先行きも見通せず、濃霧のなかに取り残されている気分だったが、少しだが足が動いたことにうっすらとした光明を感じていた。
◇
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河居貴司(かわい・たかし) 社会部次長。平成9年産経新聞入社。和歌山、浜松支局を経て社会部。関西の事件や行政などを担当してきた。京都総局次長を経て現職。令和元年12月に脳出血を発症して中途障害者になった。少しでも復調したいという思いで、リハビリを続けている。
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