「解放求めた声に感謝」5年前に中国当局が拘束、北大・岩谷將教授が樫山賞を受賞
産経ニュース / 2025年1月15日 7時0分
現代アジア研究の独創的で優れた図書を表彰する「第19回樫山純三賞」学術書賞が、北海道大教授の岩谷將(のぶ)氏(48)の「盧溝橋事件から日中戦争へ」(東京大学出版会)に決まった。中国近現代史が専門の岩谷氏は、令和元年に中国当局が2カ月以上にわたり拘束。昨年11月に東京都内で行われた表彰式では、「学術界の皆さまが私の解放を求めて大きな声を上げてくださった。心から感謝をしています」と改めて謝辞を述べた。
現代の教訓になれば
岩谷氏の受賞作は、当初偶発的な発砲事件と思われた昭和12年7月の盧溝橋事件が局地的紛争で終わらず、日中間の公式和平交渉の終わりを告げる第1次近衛声明へとつながった約半年間の経過を、日中双方の新史料などに基づいて克明に分析した。
岩谷氏は盧溝橋事件が全面的な日中戦争へと拡大していった経緯について、「双方とも解決を望んでいながら、徐々に事態が深刻化していき、明瞭な見通しもないまま泥沼の長期戦へと進んでいった」と解説。「小さな紛争が大規模な戦争へと発展していく過程では、必ずしも当事者が意図したようには進まない。それは現在のウクライナやパレスチナの状況を見ても思い当たる。本書が現代に生きるわれわれにとって何らかの教訓や示唆になればと思っている」と話した。
「厳重に隔絶されて」
岩谷氏は令和元年9月3日、中国政府系シンクタンクの招聘で北京入りしたが、同8日にホテルで中国当局に拘束された。10月18日に産経新聞が報じ、安倍晋三首相(当時)が中国側に早期解決を働きかけたほか、日本の諸学会も抗議や意見表明を発出。中国外務省は「刑法と反スパイ法に違反した疑いで拘束した」と説明していたが、岩谷氏は11月15日に保釈されて日本に帰国した。
受賞作の「あとがき」でも、拘束期間中の生活について「厳重に隔絶され、一切の自由のない環境下で過ごした日々」と振り返っていた岩谷氏。表彰式では「2カ月半ほど神隠しにあった」と会場の笑いを誘った上で、「(自身の解放を求める運動があったことを)解放された後で知り、深く感銘を受けた。自分の研究によって生かされ、また励まされた。今後もひたむきに研究を続け、その成果でお返しをしていきたい」と深々と頭を下げた。
一般書賞には近藤正規氏
樫山純三賞は、総合アパレルメーカー「オンワードホールディングス」の創業者、故樫山純三氏が昭和52年に設立した公益財団法人樫山奨学財団(東京都中央区)が主催。樫山氏の遺志を継ぎ、平成18年度から「アジアとの共生」に資する国際的な視野に立った図書(学術書賞・一般書賞の2部門)を表彰している。
第19回は、学術書賞が岩谷氏、一般書賞が国際基督教大上級准教授、近藤正規氏(63)の『インド-グローバル・サウスの超大国』(中公新書)に贈られた。
インド経済が専門の近藤氏は、1991年の経済自由化の前から、30年以上にわたって現地で調査研究に携わっている。受賞作は、2022年に名目GDP(国内総生産)で世界第5位の経済大国となったインドについて、政治・経済・外交・社会の各面から幅広く概説した入門書だ。
「日本で研究を始めた1980年代の初めには、インドに関する日本語の情報はまったくなく、1~2週間遅れでインドの新聞を読んでいた」という近藤氏。
表彰式では、日本企業のインド進出と撤退が続く現状について「核実験やリーマン・ショック後の経済低迷などで、インドの〝ブーム〟が来ては去っての繰り返しになっている」と指摘。「インドに関する情報は増えてきたが、何がインドなのかを伝えるのは非常に難しい。できるだけコンパクトにインドの現在の状況をまとめ、皆さんとシェアできたらという思いで書いた」と語った。(村嶋和樹)
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