帰国子女らしさ、慶応ボーイとは程遠く 話の肖像画 元駐米日本大使・藤崎一郎<11>
産経ニュース / 2024年9月12日 10時0分
《生まれは神奈川県。そして幼いころ、外国暮らしをしていますね》
戦後、東京が焼け野原で両親が神奈川県茅ケ崎市に住んでいたときに生まれた。父と母の死後、整理したら「一郎」と記したノートが出てきた。私が病気をした話など小学生になるまで細かく記録してくれていた。それによると、生まれたのは額田家の別荘。この額田家の兄弟、豊氏と晉(すすむ)氏はともに東大医学部出身の医師で2人で東邦大を創立した。弟、晉氏が母方の祖父と一高で一緒で、その縁で借家していたようだ。偶然にも私が理事長をしている北鎌倉女子学園の創立者は兄、豊氏である。
東京に公務員宿舎ができて数年住んだ後、4歳から6歳までロンドンとジャカルタで暮らした。ロンドンでは上皇陛下がエリザベス女王戴冠(たいかん)式に皇太子として訪英され、父が担当書記官として2階建てバスなどにお乗せした。その後、父の帰国で小学1年生のとき、港区立白金小学校に編入した。このときの仲間は今でも親しい。
中学受験して慶応普通部に入学したが、1学期が終わったところで父の赴任で米国西部シアトルに行き、公立中学に入った。外国人はいない。日本は高度成長の前で、大きな家、自家用車、果物やアイスクリームがぎっしり入った大きな冷蔵庫など、生活の変化には目をみはった。米国のテレビドラマがはやり出していたころで、ドラマの中に入り込んだ気がした。
英語は6年間の小学校生活ですっかり忘れていた。母にトイレのたずね方を教えられて、シアトルの中学校に押し出される日々。数学以外は苦労し、英語はなかなか上達しなかった。私の姉妹はすみやかになじみ、その後も父母とともにロンドンで暮らして英語をものにした。後年、自分の経験から「子供はすぐ慣れるというが、皆が皆そうではありません。私がいい例です」と子連れで赴任してきた親御さんたちを安心させた。
《少年時代の外国生活が与える影響とは》
慶応が1年半以上の不在は認めないというので、1人で祖母の家に帰された。だから帰国子女といえるほどの経験はない。帰国後、外国暮らしが長く、おしゃれだった叔母から「外国帰りの子は何かしらそういう雰囲気があるが、あなたには全然ないわね」と言われたのを記憶している。中学生のときに社交辞令もない、生の外国人を見たと思う。差別も知っている。おかげで後年、外国かぶれにも外国嫌いにもならなかった。
外務省には語学研修先の影響を受けている先輩が多かったのにはびっくりした。フランスに留学するとたちまちワインを語り、英国で研修を受けるとチョッキを着こみ、米国に行った者はTシャツ、ジーンズでないとくつろげないふりをする。こちらが気はずかしくなった。今はもうそんな「洋行帰り」のような外交官はいないはずだ。
《中学から大学まで、生粋の「慶応ボーイ」のはずが…》
慶応高校から慶応大経済学部に進学した。これは、受験を繰り返してきた父が「受験勉強はくだらん、スポーツでもしていい体を作った方がいい」との信念を持っていたからだ。残念ながら期待にそえず、スポーツはからきしだった。見るのは今でも大好きだが、図書館で世界、日本の文学全集を次から次へと読みあさっていた。
慶応には中高大と世話になり、今でも大事な仲間がいる。しかし、スマートないわゆる慶応ボーイとは程遠かった。小学生のとき福沢諭吉の「福翁自伝」を読んだ。福沢はがむしゃらに勉強し、スマートさ、しゃれっ気などなく、誰と言わず個人崇拝したりせず、意見を遠慮なく吐き、群れない人物だった。子供ごころにカッコいいと思った。彼亡き後の世間における慶応のイメージを彼が知ったらどう感じるだろうか、とときどき思う。(聞き手 内藤泰朗)
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