土浦の割烹・霞月楼でつながる交友関係 英国軍人、山本五十六ら ツェッペリン伯爵号飛来 いばらきの昭和100年(中)
産経ニュース / 2025年1月4日 12時32分
昭和4(1929)年8月、ドイツの巨大飛行船・ツェッペリン伯爵号が世界一周の途中に飛来した茨城県阿見の霞ケ浦海軍航空隊は当時、各国から航空機などが立ち寄るまさに世界の〝空の港〟でもあった。
航空隊が置かれた大正10(1921)年当初から、深いつながりを持っていたのが、同県土浦で営業する割烹「霞月楼」だった。まだヨチヨチ歩きの航空隊には、英国から来日したウィリアム・フォーブス=センピル大佐率いる約30人の教官たちが操縦や整備などの技術指導に当たった。
やがて「日本海軍航空隊の父」と呼ばれるセンピル大佐が1年余りの滞在中、家族ぐるみの付き合いをしていたのが霞月楼を経営する堀越正雄、満寿子夫妻だった。
センピル大佐らの歓迎会も霞月楼で開かれたが、座敷で日本料理を提供するのに使われた御膳は手足の長い外国人には窮屈で使いにくく、のちに脚を高く伸ばした店特注の御膳が用意された。
すっかり日本びいきとなった大佐は帰国前、アイリーン夫人とともに着物姿で記念写真に納まっている。
女性通訳が奮闘
このセンピル大佐らの来日時やツェッペリン号が飛来した際、民間ボランティアとして英語の通訳を務めた女性がいる。土浦の「奥井薬局」を細腕で切り盛りする奥井静子だ。
8人姉妹の長女で、父の教育方針から東京の普連土女学校(現在の普連土学園)へ通い、英語を身に付けた。留学も希望していたが、父がスペイン風邪のため急死し、妹たちの面倒を見るため明治薬科大の前身の東京女子薬学校を卒業し、薬剤師となって薬局を継ぐ。
英語が堪能な静子は当時の土浦町長の要請を受け、アイリーン夫人らが日本の着物を買い求めに土浦の呉服屋を訪れる際などの通訳を務めた。
静子はセンピル夫妻に気に入られ、帰国時には英国行きを勧められたが固辞。「母に泣いて止められた。私が一家の大黒柱だったから」とのちに回想する。
昭和4年2月、三男の清を出産。同年夏のツェッペリン号飛来時には「赤ん坊がいるから長い時間は無理」と消極的だったが、「そこをなんとか」と土浦町側に泣きつかれ、再び乗務員らの通訳を務めた。
戦後は県薬業婦人会長などを歴任。昭和50年に78歳で死去した静子について、清の妻で、「土浦の自然を守る会」元代表の奥井登美子(91)は「3人の子供を立派に育てながら世界で通用する女性として生きた人」と振り返る。
開戦直前の便り
霞月楼と霞ケ浦航空隊について語るうえで、忘れてはならないのが連合艦隊司令長官だった山本五十六その人だ。
大正13(1924)年、副長として航空隊に着任。酒はたしなまなかったが、隊員たちの間で「KG」の隠語で親しまれた霞月楼へ足しげく通い、ピンボールやブリッジなどに興じた。
現在の「土浦全国花火競技大会」は、航空隊の訓練での殉職者慰霊などを目的として大正14年に始まったが、山本が故郷の新潟県長岡で行われていた花火大会をヒントに発案したともいわれる。
親身な世話を受けた霞月楼の堀越正雄、満寿子夫妻へ山本から手紙が届いたのは昭和16年12月。「最後の御奉公に精進致居候」と間近に迫った真珠湾攻撃への決意をしたためていた。
山本は昭和18年4月、南方のブーゲンビル島上空で乗機が撃墜され、戦死。正雄、満寿子とも同年1月に相次いで死去しており、3人は空の上で再会することになった。(文中敬称略、三浦馨)
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