1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. ライフ
  4. カルチャー

岸和田城の堀に残る「大明神」の石碑 土地の神様として守り続け、これからも

産経ニュース / 2024年9月21日 8時30分

石碑の前に立つ西野清和さん(右)と毛利陽子さん=大阪府岸和田市

岸和田城(大阪府岸和田市)の堀端にひっそりと並ぶ2つの石碑の〝見守り役〟が、十数年ぶりに交代した。石碑をめぐり、50年ほど前には、撤去の動きに対して反対運動が起こったほど。地元の人たちは「土地の神様が宿る」として、これからも大切に守り続ける。

交代式は18日、関係者ら約30人が見守る中で行われた。苔が生えて汚れていた石碑は石材店の厚意できれいにされた。現在の見守り役は4代目。役目を務めてきた西野清和さん(76)は「やっと肩の荷が降りた」と安堵した。

見守り役は日々、供花の水を交換したり、石碑に異常はないかを見回ったりしている。5代目となった毛利陽子さん(46)は「みなさんの協力をいただきながら、大切に守っていきたい」と意気込んだ。

石碑にはそれぞれ「地神大明神」「一の丸大明神」と彫られ、岸和田だんじり会館のすぐ近くで、城が見える堀の淵に鎮座する。言い伝えでは、13代にわたり岸和田藩主だった岡部家が入封した1640年ころ、城内にあったとされる。

明治4年の廃藩置県、6年の廃城令を経て城跡の所有が岡部家に戻り、昭和3年に市に寄付される。近代以降の歴史の中で、いつしか石碑が地元の人たちには大切な存在になった。

40年代、撤去する話が持ち上がったことに反対の声があがり、200人以上が抵抗したこともあった。こうした動きを受けて存続が決まり、堀端に移されたという。

石碑には今も知らぬ間に花が供えられている。氏神や地神など土地の神様を敬うよう教わってきた-と話す毛利さんは「(見守り役は)これもご縁。心して担いたい」と誓った。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください