豊かさの「世界線」 物質的な指標は過去のものに 個人と共同体が両立する幸せの定義とは
産経ニュース / 2025年1月4日 8時0分
「今、一瞬一瞬を生きていると感じられる」
釈迦如来と弥勒仏、阿弥陀如来の三世仏をまつる古刹(こさつ)、永平寺(福井県永平寺町)。800年近い歴史を持つ曹洞宗の大本山から6キロほど東にある山あいの土地が、芳沢郁哉(31)にとっての「楽土」となった。
住まいは築140年を超えた茅葺(かやぶき)屋根の古民家。時間をかけて修繕し、田舎暮らしができる農家民宿に生まれ変わった。
永平寺町からそう遠くない県央の鯖江市出身。大学卒業後、都会暮らしにあこがれて上京し、旅行会社に就職した。
始発で出勤し、午後9時まで接客。資料作りや予約業務をこなし、終電で帰宅。同じ風景、変わらない日常。時間に追われ、食事はファストフードばかり。「ただただ効率を求めた生活だった」
成長を求めて、日本一周の旅に出た。旅路で訪れた古民家宿で働いていた有希(ゆうき)(28)と恋に落ち、3年半前に2人で永平寺町に移住。翌年、結婚した。
茅葺の古民家にはもともと、祖母(90)が暮らしていた。「この家を守りたい」。手作業でリフォームに乗り出し、2年かけてやり遂げた。
田で米を、畑で20種類ほどの野菜を育てている。鶏舎には35羽のニワトリがいて、卵を産む。くくりわなを作り、鹿も捕らえる。夜には手作りした五右衛門風呂で汗を流す。
当たり前ではない「ありきたりな幸福」
高級住宅に住み、ブランドもののファッションに身を包み、レストランで美食を楽しむ。購買力が幸せの指標として疑われなかった時代が、かつてはあった。ただ、バブル崩壊から「失われた30年」を経た今、それを望んでも得られない現状が立ちふさがっている。
昨年11月に発売された東京23区の新築マンションの平均価格は1億889万円。厚生労働省の賃金構造基本統計調査を基に試算すると、令和5年の平均年収は、全国トップの東京都でも442万円。一般的な勤め人では、都心にマイホームを持つことは難しい。
結婚し子供を育て、還暦で定年退職し、年金を受け取り老後を過ごす。かつての「ありきたりな幸福」は、賃金は上がらず物価が上昇する現代では、決して当たり前のものではない。
「今日よりも明日が、物質的に豊かになる」と信じられなくなった時代、多くの若者が自問している。こんな状況下で子供を産み、育てることは果たして幸福なことなのだろうかと。
不安が蔓延(まんえん)している。
日本の『新たな幸せの形』
求められているのは、豊かさとは何かを、改めて定義づけることだ。
「幸福」について研究する京都大・人と社会の未来研究院院長で教授の内田由紀子(文化心理学)は次のように語る。
「自分の利益を取ることと社会のためになることは二律背反だと考えられがちだが、個人と共同体が『ウィンウィン』の関係を結べるような在り方があるのではないか」
かつては地域に根ざした生業を持ち、家族や地域とともに生きるのが普通だった。それが都市化が進み、皆が進学し、同じような「ゴール」を目指すようになった。
そうした物質的豊かさへの希求が、戦後の高度経済成長の原動力になったのは確かだろう。ただ、低成長・少子高齢化の時代を迎えた今、内田は、フレキシビリティ(変化に対する柔軟性)こそが必要だと訴える。
「外来の文化を取り入れて発展してきたように、繰り返される災害にも負けずに生活を営んできたように、日本は『新たな幸せの形』を見つけられるはずだ」
東京から福井へ移住した芳沢の行動は、回答の一つといえる。人口流出が進む地方にとって、若い世代の流入は地域の活性化につながる。何より、その選択は独居の祖母にとって頼もしく、うれしいものだったに違いない。
急速に崩れつつある社会や地域といった共同体を、どうつむぎ直すか。それは、物質的なものではない、別の豊かさの「世界線」を描く営みでもある。
あなたにとって、豊かさとは。夫婦と祖母の3人でほぼ自給自足の生活を送る芳沢に問うと、こんな答えが返ってきた。
「食事があって、寝床があって、自給自足ができて、足りないものを買うお金を稼げること」
輪郭はまだぼやけたままだが、「新たな豊かさ」の解像度は少しずつ、上がっている。=敬称略
外部リンク
この記事に関連するニュース
-
都会から地方移住したら、何したい? 2位「自然満喫」を超えた、興味・関心者300人超のダントツ1位は?
オトナンサー / 2024年12月28日 10時10分
-
地方移住したい都道府県ランキング、1位は長野県、2位は?
マイナビニュース / 2024年12月16日 16時44分
-
「これは凄い!」 40代男性が3坪の家をセルフビルド→“何でも自分で作る”自給自足生活が感動もの「くぎ付けでした」
ねとらぼ / 2024年12月12日 22時0分
-
福井への移住者『10年で4倍』実は子育て支援が充実、食べ物もおいしい...移住した人が語る魅力とは「めっちゃ幸せです」「自然が最高すぎて」
MBSニュース / 2024年12月11日 12時20分
-
【地方移住でしたいことランキング】男女306人アンケート調査
PR TIMES / 2024年12月11日 10時45分
ランキング
-
1あおり運転が原因で大人3人が涙…「あおってきた意外な人物」とその理由とは
日刊SPA! / 2025年1月5日 8時52分
-
2ホンダが世界初の「新型エンジン」発表! 情熱的な「赤ヘッド×過給器」搭載した“すごい内燃機関”に反響殺到! 超進化した新型「3気筒エンジン」どんなモデルになる?
くるまのニュース / 2025年1月5日 14時10分
-
3道路に書かれる「謎の0」マーク 意味はナニ? 「制限速度」「Uターン」と一緒に書かれるけど…意外と忘れがち? ちょっと分かりづらい「謎標示」の正体とは
くるまのニュース / 2025年1月5日 16時30分
-
440代「唇がいつの間にか老けてる問題」セザンヌの“600円ペンシル”で大改善。あるとないとで全然違う
女子SPA! / 2025年1月5日 15時46分
-
5金運も運気も下がる!? トイレでやってはいけないNG習慣
オールアバウト / 2025年1月5日 20時30分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください