方々歩く漂泊の魚「ホウボウ」 面妖にして美しい姿とヒラメにも劣らぬ上品な味 ウエカツ流サカナ道一直線(98)
産経ニュース / 2025年1月24日 8時10分
堅い頭に馬面、えんじ色の棒状の体の両脇には長い胸鰭(むなびれ)。その根っこには左右3本の細い枝のような指?がある。この面妖な魚は、九州から最近では北上して東北沿岸の20~50メートルほどの中深の海に棲み、長い胸鰭を大きく広げて海底近くを〝滑空〟しては、鰭元の指?で這い歩き、砂中を探り、小魚やエビなどうまそうなものがあれば大口をあけてのみ込む、という生活を送っている。
蝶の羽のような胸鰭を広げると…
方々歩きまわるので「ホウボウ」。指に見えるのは胸鰭の筋が分離して生まれたもので、触れたものの味覚を感じる機能が備わっているという事実を知れば、これまた2度驚くことになる。
そればかりではない。店頭で眺めているうちは一風変わった魚だなと思いきや、ちょいとお客さん見てごらんと声かけてその胸鰭を広げて見せたとき、左右に大きな蝶(ちょう)の羽の如く広がったそれは、深い緑の下地に青空色の水玉模様が散り、鰭の周囲は鮮やかなエメラルドブルーで縁どられ、体のえんじ色がいよいよ赤く際立つ。その様を一目見て、その美しさにハッと息をのみ、我を忘れぬ人はおるまい。かように醜怪と美の同一性を備えた魚であるが、いったい天は何ゆえこうした魚を造りたもうたのか、知る由もない。
ブイヤベースの主役となる美味
こう書くとゲテモノなのかと混乱するが、食においてはさにあらず。冬を迎えて皮目にしっとり上品な脂を乗せた旬の頃、三枚におろして皮を引き、ヒラメにも劣らぬ美しい白身を薄造りで良し。ぶつ切りにして水炊きをポン酢で味わったあとに雑炊も良し。なんといっても、いかつい頭と骨身から出る強烈なダシ力は、かの南仏の漁師料理ブイヤベースの主役となる実力者なのである。
往々にして見かけや風評に騙(だま)されがちな私たちの日常に、真実を投げかけ開眼させてくれる魚たちは愉快だ。どんなに見慣れた魚にも、いつだって未知や謎がある。知っている〝つもり〟でしかなかったことに気づかせてくれる存在が身近にある幸せを、新年しみじみ嚙みしめるのも悪くない。(ウエカツ水産代表 上田勝彦)
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