味と香りを保つ新酵母、猛暑に強い酒米を開発 世界の視線を引きつける「広島発」の酒造り

「ひろしまLeG－爽」と「萌えいぶき」を使った日本酒で乾杯された酒類の関連団体が集った新年互礼会＝1月9日、広島市中区（矢田幸己撮影）

今や世界で愛される日本酒。さらなる輸出拡大を担うのは酒どころ・広島の技術かもしれない。貯蔵による劣化臭の生成を緩やかにする新たな酵母と、暑さに負けない酒米が開発され、地元の酒造業界の期待を背負っているのだ。昨年、国連教育科学文化機関（ユネスコ）の無形文化遺産に登録された日本の「伝統的酒造り」だが、時代とともに進化し、世界の視線を引きつける。

劣化臭を抑制

1月9日、広島市中区のホテルで開かれた酒類の関連団体が集う新年互礼会。無形文化遺産の登録を祝う乾杯には、長期貯蔵してもすっきりとした酒質を実現する新酵母「ひろしまLeG－爽（れぐそう）」で醸した酒が使われた。

日本酒に明確な賞味期限はない。だが、発酵してできるため保存環境によっては、瓶の中で「劣化」が起こる。味わいが変化し、たくあんのような臭み（貯蔵劣化臭）が生じてしまう。

「初めて飲んだ日本酒がそれだったら、次も飲もうとはならない」と話すのは、広島県立総合技術研究所食品工業技術センター（広島市南区）の山崎梨沙主任研究員。日本酒は国内消費の減少が続く。だからこそ、生産者は海外に目を向けるが、味と香りを落としては元も子もない。

日本では、宅配のクール便が浸透しているが、世界を見渡せば事情は異なる。長時間の運搬での流通で品質を保ちづらく、冷蔵棚が存在しないケースも少なくない。

生産者のニーズを踏まえ、食品工業技術センターが開発に乗り出したのが新酵母だ。大正15（1926）年に県内の酒造から得た酵母「広島6号」は遺伝的に劣化臭の生成抑制機能を持っており、冷凍保存されていた同酵母を改良。昨年、6年がかりで新酵母の完成にこぎつけた。

名称には、広島の先人たちの遺産（レガシー＝Legacy）を引き継ぐとの思いを込めた。さわやかな酸味とフルーティーな香りが特長で、すでに県内の酒造会社でLeG－爽が使われている。

瀬戸内の倉橋島で日本酒を醸す榎酒造（広島県呉市）は水の代わりに酒で仕込む「貴醸酒」に新酵母を採用。貴醸酒は濃厚な味わいで名高く、榎俊宏社長によると、LeG－爽が出すほどよい酸味とマッチングし「絶妙に味が整う」のだという。8年間熟成させた貴醸酒も売れ筋だが、劣化しにくさはメリットだ。

思いは世界へ

もう一つ、一層の海外進出に寄与し得る「広島発」がある。酒造りに欠かせない米。関係機関が約10年の歳月をかけて開発した暑さに強い新品種「萌（も）えいぶき」だ。

酒造りでは、食用の一般米と比べて精米歩合の数値が低い（35～70％程度、食用は約90％）。つまり「より高度に磨かれており、製造コストがかかる」（山崎さん）。酒造メーカーにすれば、米の品質を保ちつつ、酒米をいかに効率良く使うかがポイントだ。

もっとも、近年は登熟期の夏が異様に暑く、酒の品質に関わる米の溶けやすさに影響を及ぼす。水管理や田植え時期の調整などでしのぐにも限界がある。そこで、県酒造組合やJA全農ひろしまなどは平成24年ごろ、高温被害を受けにくい品種開発に着手。全国に先駆けた取り組みだったという。

高温耐性に優れる品種「なつほのか」と、溶けやすい「改良雄町」を掛け合わせてできたのが、萌えいぶき。精米時の粒の割れにくさも備える。この間、各試験や選抜を繰り返し、普及想定地域での適応性も確かめた。

県酒造組合の大石直紀専務理事は萌えいぶきの開発について「生産者や蔵元の声を踏まえ、関係機関がうまく連携できた」と関係者の尽力に言及。「海外輸出はそれぞれの蔵元の考えによるが、原料米と酵母という広島の酒造りへの思いの結晶が世界へはばたく可能性を広げる」と期待を寄せている。（矢田幸己）